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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
63/71

63話

 発表当日、いつになく早く目が覚めた。合否の発表時間は午後なのだから早起きする必要もないのに。

 それでも人間というものは、こういう重要なときには自然と目が覚めてしまうものなのだろう。


 正直、よつ葉も自分も朝食どころか昼食も満足に口に入るとは思えなかった。

 だから、普段から用意するような朝食は作らずに、おにぎりとインスタントの味噌汁を用意して、好きなものだけ口に入れるようにしておいた。


「おはよぉ」

「どうせ食欲もないだろうから、適当に作っておいた。空きっ腹じゃ気持ち悪くなっちゃうから、何でもいいから入れておいてくれ」

「もうパパ、それよつ葉のセリフなんだけど」

「それもそうだな」

「パパの方が緊張しているんじゃないの?」

「そうかもしれんなぁ」


 そうだ、それでいい。多少の冗談で笑っていられるくらいでちょうどいいのだから。


 発表会場となる厚生労働省の建物まではここから1時間ほどの場所。途中の経路を考えても、昼前に出発して、外で時間を潰しながらそのときを待っていればいい。


特に持参するものはない。結果はインターネット上でも見えるし、必要な書類は後日に別途関係箇所を通じて届けられるので、今日は自分の受験番号が合格者一覧に載っているかを確認するだけなのだから。


 よつ葉に言わせれば、現場に出向いて確認する人の方が今どきは珍しいくらいだという。

 確かにそれはそうかもしれないが、本人が希望したのだからそこは尊重してやりたかった。


 電車に乗って、結果が張り出される建物の近くまで行く。

 予想どおり、食事なんか喉を通らない。喫茶店でコーヒーを口にしながら何度時計を見ていただろう。

 ここから会場までは歩いて10分もかからない。


 会場に出発するタイミングはよつ葉に任せることにした。

 自分の覚悟が出来たときに立ち上がればいいと。


 緊張しているのはこの無言の時間からで十分に伝わってくる。


 ベストも尽くしたし、自己採点の結果からも(一部、小野くんというトラップがあったにせよ)決して悲観するようなものではなかったはず。


「じゃぁ、行ってみようか」


 本当に、発表の10分前によつ葉が立ち上がる。


「覚悟決まったのか?」

「覚悟っていうより、行ってみなくちゃ始まらないから」

「わかった」


 お店を出て、目的のビルに向かう。この時間に、この役所に向かっている人はみんな同じ目的ではないだろうか。


 張り出されるであろう掲示板の前にはもうすでに発表を待っている受験生たちの姿がたくさん見えた。


「どうする? 一緒に見るか、最初に見てくるか?」


 ここの判断もよつ葉本人に任せることにした。

 横の様子を見ていると、目の前の群衆に割り入っていくまでのことではなさそうだ。


「ちょっと考える……」


 14時ちょうど、係員が丸めた用紙を持って掲示板の前に出てきた。

 大きく空けてあるスペースに丸めてあった紙を広げて留めていく。

 全ての用紙を留め終わった後、一斉に受験者たちが駆け寄っていく。


「あったー!」

「やったー!」


 掲示板のところから、そんな声が聞こえてくる。


 俺は横のよつ葉が自分で動き出すまでは何も言うつもりはなかった。


 よつ葉のスマホにメッセージの着信が入る。

 学校でインターネットから見ていたメンバーからの通知だったらしい。


「見にいかなきゃダメみたいだなぁ」


 どうやら研究室の他のメンバーの合否が分かったらしく、残るは自分だけとなっているらしい。


「行ってくるね」

「分かった。ここで待ってる」


 考えてみたら、受験番号教わってなかったなと思い出す。

 それじゃ、代理で見てくるというのも無理なんだから。


 俺はあえて掲示板から目をそらしていた。

 

 ほんの数分が何時間にも感じられた。


 ふと、腕を引っ張られる感触があった。


「一緒に来て確認してくれる?」

「分かった」


 よつ葉が受験票を渡してきた。そこではじめて受験番号を知る。


 07936、この番号を探せばいい。

 よつ葉が迷うことなく掲示板の前に立ち止まった。


 079……3……6。受験票の番号と、もう一度確認する。

 間違いない。あっている。


「ぱぱぁ……」

「おめでとう。今夜は……お祝いだな」


 研究室に電話をして合格を報告している電話を横で聞いていて思った。教授が受験番号を控えていないはずがない。きっと電話よりも先に結果は知っていたのだろう。


 受験票と掲示されている番号を並べて撮影し、さきほどのメッセージに返信していた。


「ぱぱぁ、終わった……」

「そうだ。もう終わったんだ。もう病院でコソコソする必要もない。堂々と制服の採寸に行っておいで」


 さっきとは全く違う軽い足取りで、俺たちふたりは帰宅のために駅に向かった。


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