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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
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53話

「それでは、これで書類は整いましたので、家庭裁判所に提出しておきますね」

「いろいろとすみません」


 書類を確認しながらしまっていく弁護士に頭を下げた。


「いろんなご家庭があります。そこまで気にされることはないですよ」


 病院にいる間から少しずつ進めていた、二人の娘の親権の変更について、今日でひととおりの聞き取りや書類の作成が終わったと報告を受けた。


「どうでしょう、認めてもらえそうでしょうか?」


「私は裁判官ではありませんし、この段階では何とも言えませんが……」


 そう前置きした上で、すでに娘たちが成人になっていること、どちらも独立した生計を持っていることから、ケースとしては認めてもらいやすいのではないかと話してくれた。


 このような聞き取り調査は関係者全員に対して行われる。

 そして、もっとも重要視されるのは、自分たち親の意見ではなく、当事者となる娘たちの意思なのだと。


 個人情報保護に抵触しないようにボカシながら聞いた話を自分なりにまとめてみた。


 姉のふた葉にいたっては、姓が変わろうが全く気にしている様子はない。

 最近は職場でも旧姓を使うというケースがいくらでもあるし、母親の言うとおり、教職の道に進んだものの、それが他の県であったことに辟易しているようでもあった。なぜそこまで言うとおりにしなければならないのか。そんなに固執するのであれば、自分の好きな道をいけと言っている父親側に親権が移ったとしても、全く問題ないと言うもの。


 妹のよつ葉については、もはやここで説明をするまでもない。

 母親の意見を聞かなかったからと、高校を卒業した段階で家を追い出されて、私物もことごとく勝手に処分され、これでは完全に人権侵害も甚だしい。

 突然夜中に押し掛け、文句を数時間言って帰るなんてこともあったそうだ。

 それを考えれば、部屋のグレードは落としたとはいえ、いざとなれば隣に味方がいるという環境の方が本人にとっても安心できる環境なのだろう。


 最後の関係者である、彼女たちの母親ではあるが、娘たちが自分の望んだ進路を進まなかったことに関する不平不満を聞いたらしい。

 ただし、学費を出してやったのは自分なのだからと反論してきた。もちろんそれはすでに調査は済んでいる。よつ葉の大学時代の生活費は全て奨学金で賄われており、実家の支援は受けていない。


 家庭の中で3対1の状況で、よほど恣意的な力がなければ認められるだろうと言う内容だった。


 すぐに家庭裁判所に提出したとして、日程から考えても、3月下旬。

 4月に新しい環境でスタートするよつ葉にとって、間に合わせてやりたいギリギリのラインだ。


 もちろん、このことは入院中に河西看護師長には話してあった。

 だから、まだあの子だけ名札の作成を行っていないと言う。


「まー、ネームシールで隠しちゃうなんてこともできますけど、さすがにねぇ」


 そう笑ってはくれたけれど、あの子の内定している職場にも迷惑をかけてしまっていることは事実だ。ここまでやって失敗はできない。



 弁護士さんを送り出して時計を見ると、そろそろよつ葉も学校から帰る時間だ。

 この『お隣さん同居』が始まってから、食事も一緒にとるようになった。

 入浴についても、この部屋で済ませていくことも多くなり、洗濯物も任せて貰うことにした。

 自分にとっても社会復帰のリハビリとして家事をこなすことはマイナス要素ではないし、よつ葉としても担当患者の様子を見るのにこれほど都合のいいことはないだろう。

 あとは寝るだけという状態にして隣の部屋に送り出す。

 お互いにスペアキーを預けているから、何かがあれば駆けつけることも、壁一枚のノックで可能だ。

 欠点と言えば、どうしても一度屋外を通るため、天気の悪い日、寒かったりなどは申し訳なく思ってしまう。

 これが屋内廊下の建物ならと思ったが、よつ葉自身はあまり気にしていない様子で。


「湯冷めしないうちに寝るんだぞ?」

「うん、そうする」


 いつもどおり、夕食と入浴も済ませて、玄関口で見送る。

 すぐに寝るとは言っても、これまでの生活からすぐに変わることはできないだろうから、試験が終わってからも参考書などを見ているのだとは思うが……。


 しかし、この直後に起こる事件、自分たちの生活が大きく変わっていくことになろうとは、まだ予想だにもしていなかった。

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