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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
47/71

47話

 よつ葉が出発したあと、河西さんが朝食を持ってきてくれた。


「すみませんね」

「今日は食欲なんか出ないかもしれませんけど、こればっかりは我慢してくださいね」

「いや、腹は減りますが……。朝食と昼食まですみませんでした」


「お嬢さんを見ていると、私も結婚して、親の心配なんてものもしてみたかったなぁなんて思います」


 そうだったのか。河西さんはてっきり結婚されているのかと、深く考えたこともなかった。


「案外、看護師って男性が思ってらっしゃるほど人気ないんですよ?」

「そんなもんですか?」

「こういう病棟務めでは、休日出勤や夜勤もありますから、生活のリズムも一定ではありません。土日がお休みの男性の方からしてみれば、不満が出てしまうのも仕方ないことかと思いますよ。それに、お医者様と違って、皆さんが思っているほどお給料も高くありませんからね」


 そういうものなんだろうか。でも、体のことを知ってくれていれば、病気の介抱なども手慣れたものなのだろうし。


「おっしゃるとおり、内科のナースだったりしますと、病気の時の介抱などは上手かもしれません。でも、そんなに毎日お熱を出したりしているわけではないでしょう? それに、逆に健康管理のことに口うるさくなってしまうなんていう例もありましたね」


 なるほど。そりゃぁ毎日熱を出しているわけではない。医者から言われたことだって全てが守れるかといえばそうじゃないし。そんなふうに考えてしまうと、男性が勝手に抱くイメージが先行しやすいのかもしれない。


「もちろん配属される科でも違うのでしょうけど、病院ですからね……。週に何人かをお見送りしているなんていうナースもいるわけです。もちろん、心のケアは行っていますけど、それでも精神的には参ってしまって、帰宅した自分の部屋ではとても外では言えない様子なんていう私生活を送っている子も過去にはいましたね」


 そうなのか……。今日、試験を受けに行っているよつ葉はそのことはわかってこの道を選んだのだろうか。


「お嬢さんはちゃんと理解されています。配属される科によっては、先日のようなことも思い出してしまうかもしれません。あのような実習中の履歴も全て残っていますから、苦手なところには配属はされないかとは思いますが、それでも、こうやって試験当日までお父様が一緒についていたというのは、大きな安心感だったと思いますよ」


 河西さんは仕事の準備だと出ていく。


「もうそろそろ現地に到着じゃないでしょうか。今日はずっとお部屋の中でしょうね。山之上さんには適当に行っておきますから」



 全く、河西さんには本当にかなわないと思った。


 看護師長となれば、当然何人かの部下を見ることにもなるのだろう。あの様子では過去に全て明るい話題だったということでもなさそうだ。



 スマートフォンによつ葉からの着信が入った。


「どうだ? もうついたか?」

「うん、今はみんなの到着待ってるところ」


「そうか。これまでやれるだけのことはやってきた。今日も風邪をひいたわけでも、寝不足で行ったわけでもない。昨日までの問題のほうが難しいことをたくさんやってきたのだから、今日はサラサラっと、名前だけ書き忘れないようにして、気楽にやってきなさい」

 そこで、同じゼミのメンバーを見つけたということで、一度通話が切れた。

 その間に、朝食のお盆を下げて戻ってくる。

 よっぽど自分のほうが緊張しているじゃないか。やれやれ。これじゃぁ、今日はなんにも手が付かない。


 ベッドに寝ているのももどかしい。こんなとき個室だというのが本当にありがたかった。共同部屋でこんな落ち着かなかったら、それこそ本当に居場所がない。


「どうした? なにか忘れ物でもしたか?」


 さっき、ゼミの全員が集まったというから、もうこのさきは終わるまで連絡がないものと思っていた。


「いま、試験会場の隣の控室。ここなら何をしていてもいいって」

「そうか。いるだろ、周りで参考書を広げているようなやつが?」

「うんうん、いたいた」

「そんなことはもしなくていい。周りはみんな小野くんだ」

「さすがに、小野くんよりは頭良さそうな雰囲気の子が多いよ」

「そっか、それ、本人に言ってやれ」

「昼休みに言っておく!」


 これだけ余裕があるというならば、もう今から何かを詰め込む必要はない。それならば、笑って送り出してやるのが最善というものだろう。


「パパ、試験の監督さん来た」

「おし、行って来い。受験番号と名前書き忘れるなよ?」

「うん! 行ってくるね」


 画面を見ると、もっとなにか話していたのだろうか。それとも無言の時間が多かったのだろうか。

 これ以上思い出せる会話というのはあまりない。

 黙り込んでいたという感じではないから、きっと他愛もない話をしていたのだろう。

 『平常心』なんて言葉で片付けられてしまうかもしれないが、そういう言葉を持ち出されることでさらに緊張してしまう子がいてもおかしくない。堅苦しい言葉を使わずに、普段通りに過ごしていれば、いつもどおりの力が発揮できるはずだから。


 時計はちっとも進んじゃくれない。

これが待っている方の気持ちとわかっているけれど、表に話し相手を求めにいくというのも変な話になってしまう。


 それでも、窓際でうつらうつらしていたらしい。スマートフォンの着信がなる。


「午前中お疲れさん。疲れただろう」

「まだ午後残ってる。それでも、引っ掛かることなく解けたから、大丈夫だと思う」

「そうか、それならよかった」


 途中で引っ掛かってしまうと、それが気になって後半まで足を引っ張ってしまうこともある。それがなくスムーズに行けたというならば、午後もそのままで行けるだろうと。


 さて、その問題の午後をどう過ごすかだ。もう昼食というものがないから、終わりまでじっと待っていなければならない。


 時計を見て、午後の時間が始まった頃、突然ドアのノックがあった。


「どうですか? 気が気じゃないですよね? お薬効いてます? 足りなければ頓服出しますよ?」


 河西さんだった。午後の回診も終えて、ナースステーションが一番落ち着く時間帯だ。


「まぁ、仕方ないですよ。横についているわけにもいきませんしね」

「ですよねー。そこで、その時間ですけど、少しこの先のことをお話ししておこうと思いまして。時間潰しって思っていただければです」


 内容はなんてことはない。俺の退院についてのことだ。

 よつ葉の試験が終われば、いつでも退院できるとのこと。


「いきなり一人では不安もあるでしょうから、そこはちゃんと考えてますからね」

「そうなんですか……?」


 そのときは、河西さんが何を考えているのかは分からなかったけれど、 その時は二人とも真面目な話し合いよりも、試験の方が気になって仕方ないのが本音だ。


「パパー、終わったよー」

「おぉ、お疲れさま。その声なら大丈夫だったようだな?」

「うん、引っ掛かることはなかった」


 夕方に待っていた電話がかかってきた。

 この様子なら、会場のプレッシャーでつぶれたということではなさそうだ。


「そうか。今日は疲れてるだろうからまっすぐ帰っていいからな。その声を聞けば結果は心配していない。明日も学校終わってからでいいからな」

「うん、明日は答え合わせしてから病院行くね」

「分かった、今夜はよく寝て休むんだぞ」


 まさか、その翌日での学校での出来事が俺を慌てさせることになろうとは、その瞬間に想像もできなかった。



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