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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
45/71

45話

 あの一件が終わってから、よつ葉たちの空気も変わった。

 さすがに、もう遊んでいる場合ではない。

 毎日ゼミでの模擬試験をやったあとは、この部屋に寄っては時間まで問題集を解いていくという日課だ。


 ここまで来たら、親としては何をすることはない。本人が落ち着いて試験を受けられるようにそっとしておくだけだ。


「ねぇパパ……」

「なんだ?」


 この日も、もう時間的にはもう送り出さなければならない頃。


「あのね……、試験の日、ここから出発してもいいかな?」


 時間については聞いている。よつ葉のアパートから出て、まだ開いてない病院に来て、それから出るというのであれば、時間に余裕がなくなってしまう。


「つまり、前日にここに泊まるってことだな?」


 河西さんにすぐに相談だ。

 さすがに、翌日試験の子を椅子に座らせてというわけにはいかない。

 つまり、本来の患者ではないよつ葉をベッドに寝かせて、自分が椅子の上などで一夜を明かすという、ある意味病院としては無茶苦茶な話だ。


 でも、自分のなかでは大方決めていた。ひとりで部屋を出ていくよりも、場所はともかく、自分のもとから送り出してやりたい。

 それで落ち着いて試験を受けられるのならば、1日くらいの無茶は平気だ。


 翌朝、河西看護師長にそれを相談した。

「まぁ、小林さんがここにいるのは、菜須さんの試験対策という面が強いですからね。個室ですし、黙っておきます」


 おいおい、この人も言っちゃったよ。つまり、本当なら俺はすでに退院できるレベルにある。でも、よつ葉の試験前に変化を起こしたくないから、それまではと決めているそうだ。


 すぐに学校のよつ葉にメッセージを飛ばす。許可は出たから、先に家に帰って、明日の試験を万全にしてからこちらに来るようにと。


 返事が来て、いつもとは違い、今日はお昼で解散。あとは各自明日の用意に充てるようとのことだ。


 そんなことで、よつ葉が病室に来たのは、いつもとは違い、面会時間もまだ終わっていなかった。


「今のうちに、明日どうしても忘れてはいけないものだけを揃えておいてくれ」

「うん」


「受験票と筆記用具。それだけあればいい。あとは会場の寒さとかに備えたものだけは用意しておくこと。変に重い参考書などは持っていくな。かえって不安材料になっちまう。ここまでにやることはやった。もう詰め込む必要はない」


 いつもとは逆で、夕食前に最後の勉強時間をとり、そのあとは落ち着かせることに専念する。


「いいかぁ、いつだったか言ってたな。周りは全部小野くんだ。それなら気が楽だろう。直前の最後の最後まで参考書を見ているやつもいるだろう。でも、逆効果だ。不安を煽るだけになってしまう。薄いのを一冊、お守りがわりに持っていく程度でいい。それも使わないに越したことはない」


 ここまでやってきたんだ。試験の前日くらい、ゆっくりとさせてやりたい。


 着替えのパジャマなどはあとで持って帰れるから、いつもとは逆に、病室のベッドで寝てもらうことにした。

 決して広いベッドではないけれど、クリスマスのときは、一緒の布団で寝ていたくらいだ。それを考えれば添い寝しても大丈夫だろう。


 あえて、試験のことにはこちらから触れることはしない。なにも言わずとも緊張しているのは本人だ。


「疲れてるだろうから、ゆっくりおやすみ」

「うん……」


 なにも言わずとも分かっているのだろう。

 枕元の灯りを暗くして、よつ葉にとって、明日が最高の結果になるよう祈りながら、それでもなかなか寝付けずに時計を見ていた。



 朝、ブラインドの外が少し明るんだ頃、病室のドアがノックされた。


「誰だろ……」


 そっと開けてみると、まだ私服の河西さんだった。


「これ、今日の朝ごはんとお弁当ね。さすがにどっちもコンビニで済ませなんて言えないから。なにも心配せずに行ってらっしゃい。見送りはお父様にお願いすればいいわね」


「看護師長……」


「4月1日に待ってるわよ。どこに配属になるのかしらねぇ……」


 そういって、手早くドアを閉めていった。


「借りを作っちゃったな。それは結果で返してやれ」


 まだ入院者の朝食配膳までは時間があるから、先に食べさせて送り出すことにした。


「今日は談話室にも行かない。ずっと部屋にいるから、何かあればいつでも連絡してきなさい」


 エレベーターでカギが開いたばかりの外来エントランスに向かう。幸いにして日曜日。ほとんど人はいない。


「神頼みは好きじゃないんだが、気休めだ。邪魔にならないなら自分の代わりに連れていってくれないか?」


 いちばん小さいサイズのお守りを差し出した。


「これでずっと一緒にいられるね。いってきます」

「おう、いってこい」


 駅に向かうよつ葉の影が小さくなって、角を曲がり見えなくなるまで、俺はその場を離れることができなかった。



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