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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
43/71

43話


 あの一件があってから、そしてよつ葉に教えた対策をはじめてからは、もう一度卑劣な事件が起こることはなくなったようだ。


 よつ葉が入っているAクラスは、これ以上の詰め込みというのではなく、本番に向けた反復、場馴れというものに重点がおかれているようだと。


 そんなメンバーが集まっているクラスだし、わずか1週間の間だから、その中でトラブルが起きるとは思っていなかったのだけど…。


 それは、木曜日の夜、いつもと同じように病室に現れたよつ葉が、なんとも言えない不思議な顔をしていた。


「どうした?」


 もし、先日のような事件性のあるものであれば、今度こそとは思っていたからだ。


「パパぁ…。よつ葉、告白された…」

「はぃ?」


 なんだそれは……? 娘に告白してくる男性がいる……。喜んでいいものか、逆の感情となるべきか……。


「でもね、即お断りした」

「そうなんか?」


 その話をよくよく聞いてみると、そりゃそうだというのが事実として見えてきた。


 よつ葉が就職するこの病院は、規模や診療科の数、救急までを受け入れられる第3次病院に指定されている。


 その彼は、規模が小さい市民病院に就職が決まっているとのこと。


 医療機関は、街のお医者さんの1次救急から始まり、2次、3次と役割分担がされている。


 どれがいい悪いではなく、軽傷者は街の掛かり付けお医者さんで手当てをしてもらった方が待ち時間も少なく、自宅を含めた地域医療としての役割があり、もう一段専門的な治療を必要とするのであれば2次、さらに大学病院レベルになって3次と上がっていく。


 こんなであるから、看護師の役割というのはどこでも変わらない。たまたま就職した病院に自分の希望する診療科があったりすれば、そのマッチングだってある。


 よくよく話を聞いてみると、その彼は、自分より大きな病院に就職するよつ葉に対して、羨望というか……、妙な劣等感を感じていたらしく、あわよくば「自分の彼女は大病院のナースである」というような自慢をしたくて近づいてきたようでもあった。


 そんな形だけの交際希望であれば、よつ葉本人でなくても、父親としてもとても許容できるようなものではない。


「そんなの放っておけ。この試験まで1ヶ月を切ったこんな日程で、そんなことしか頭にないんじゃ、男としても正直そこが割れてる」

「間違ってないよね?」

「当たり前だ」


 その夜は、それで終わった……はずだったのだが、問題は翌日。また別の子にアタックしていたという。

 もうそれには苦笑するしかない。


 どうやら、その情報はその日の夕方には、Aクラスの女子にはみんな知れわたることになっていたらしい。


 なぜか。

 他のBやCクラスはこの金曜日までの講習だったのが、Aクラスはもう1週間のおまけ講座があるとのこと。


 そうなれば、彼のことだ、クラスの女子に手当たり次第にアタックしていくのではないかということで、半分面白がりながら情報共有をしていたとのこと。


「まぁ、世の中には恋愛すらしたことのない男子も増えているご時世だ。その彼には可哀相だが、いまはそれをしている時期じゃないってことを思い知ってもらうしかないな」


 男親としてもそんな形だけの内容だけで告白してきた度胸には半分呆れるし、正直なところそんな相手と交際してほしいとは全く思わない。



 ところが、そんな俺たち父娘に余計な手を出してくる人が身近にいたもんだ。


 日曜日、この日もよつ葉は朝早くから部屋に来て黙々と問題を解いていた。


 邪魔にならないように、一人だけ談話室に行き、いつもどおりの舞花さんとの話になっていた。


 どうやら、舞花さんも近々の退院となるらしく、少しずつ荷物を持って帰ってもらっているということ。


「そうでしたかぁ。自分も来月にはと言われてますから」

「今まで、見送るばっかりだったもんね。ようやく自分たちの番がきたかってね。それでもそのあとはしばらく通院しながら様子をみるって話なんだけどね」


 それは自分も同じ。いきなりの完全復帰ではなく、普段の生活と通院を繰り返しながら少しずつ慣らしていくと言われている。


 そこに、どこかで聞きなれた声がした。


「……そうなんだよな、よつ葉のやつ、試験前に出歩くとは思えないし」


 この声は小野くんだ。


「あ、山之上さんと小林さんだ。ちょうどいい」

「えっ?」


 顔を見合わせるうちら二人。


「あの、よつ葉どこにいるか知りませんか? アパートの前まで行ったんですけど、気配もなくて。こいつが話があるってことだったんで」


 顔は平静を保ちながら、素早く目配せをする。


 例の話は舞花さんにも意見を聞いて、それは当たり前の話だと。

 時間をかけること、または一目惚れで告白まで行くことは百歩譲ったとしても、その理由が就職する職場の大きさを理由にするなど言語道断という話はしていたからだ。


 いま、よつ葉は何も知らずに部屋で参考書に向かっているはすだ。

 このままこの連中に長居をさせて、顔を合わせたりするのは絶対に避けたい。


「ねぇ、あなたは本当によつ葉ちゃんのこと、どう思ってるわけ?」


 さすがは舞花さん、小野くんの横に立っているひょろりとした男子学生に話しかける。


 金曜日に二人目に撃沈したあと、Aクラスの女子の間では、ロンリー君というあだ名がついているそうなのだが、本人がそれを知っているのかは謎だ。


「菜須さんですか、そうですね、笑顔は可愛いし……」


「うんうん、よつ葉ちゃん笑うと年齢に見えないくらい可愛いもんね」


 おいおい、実の親がここにいるってのに。舞花さんだってこれまでのことで、真実にはだいぶ迫っているはずなのに……。


「あと、やっぱり、就職先がここだって聞いたし、自分よりすごい人なんだって……」

「やっぱりそこか!」


 舞花さんの目が鋭くなる。


 こりゃいけない。スイッチ入っちゃったかな……。


「あたしが言えた柄じゃないのは分かってるけどね。そりゃ、人を好きになるきっかけは色々あるわよ。でも、この試験直前のこの時期に、そんな理由で彼女がほしいって、あなたの頭の中を知りたいくらいだわ! もう試験まで2週間もないんでしょ? 二人ともよつ葉ちゃんを見習って、試験勉強するとかできないわけ!? 小野くんだっていろいろ聞いてるわよ? あたしの担当して、そりゃ面白がって我慢してたけど、よつ葉ちゃんとは素人から見ていたって雲泥の差なんだからね。あたしだって、あの子に担当してもらいたいくらいよ。くだらない人探しをやってるくらいなら、現実にもう少し目を向けなさいよ!」


 あぁ、肩で息してるじゃんか。血圧を上げないようにっていつも言われてるのに……。こりゃ相当頭に来たんだな。


「はいはい、そこまでー」


 後ろからまた聞きなれた声がした。


「山之上さん、話を聞いてましたけど、とりあえず落ち着いてくださいね。ここで血圧上がっちゃうと、退院予定延びちゃうから、昼食とお薬飲んで安静にしていてくださいね」


 河西看護師長さん。ある意味助かった。


 舞花さんが部屋に戻ったのを確認して、今度は学生二人に厳しい視線を向ける。


「まずはあなた。山之上さんが言われた通りだわ。この時期に何をしているのかしら? しかも菜須さんからは断られてるんでしょ? お部屋まで行ったってことは、本人が一番嫌がるでしょうね。ストーカー行為と言われても仕方ないわよ。そして小野さん!?」

「はぃ……」

「こっちも山之上さんが全部話してたとおりだわ。あなたの今の成績で、国家試験は通るのかしら? もう少し現実を見なさい! それに患者さんではないけれど、菜須さんの住まいを本人の許可なく第三者に伝えましたね。守秘義務があるというのはこれまでにも何度もお話ししました。まだ身に染みてなかったようね?」


 河西さんは、二人に厳しい視線を向けながら、


「今回の行為、学校と就職先にお伝えしてもよろしいかしら?」


 俺でもわかる。これは最終警告だ。そんなことを通告されれば、二人ともこれまでのことがすべて吹き飛ぶ。


「あなたはうちで実習はしていないようだけど、ちょうどいいわ。小野さんには守秘義務についてと、二人同時にハラスメントについてきちんと頭に叩き込む必要がありそうなので、補講してあげます! カンファレンスルームに行きましょう!」


 河西さんは、俺の肩をぽんと叩いて頷いた。あの子のこと、あとは任せたと。


 河西さんは、二人を部屋に入れたあと、わざと大きい音でがちゃりと鍵をかけた。


 時計を見ると、確かにもうすぐ昼食の時間だ。

 自分は配膳があるからいいとして、よつ葉の分を調達しに売店へ向かうべく、ひとり談話室を離れた。


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