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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
37/71

37話

 よつ葉と過ごしたクリスマスが終わり、俺が病室に、よつ葉が統合看護の延長というもとの状況に戻った翌日、俺は以前と同じように空いている時間を談話室で過ごすことにした。


 もちろん、昨日までの3日間で、よつ葉の全てが分かったというわけではないけれど、これまでのことを踏まえると、あと数ヵ月に迫る国家試験までは、どのような形であれサポートは続けていきたいと強く思うようになった。


「ここ数日いなかったじゃない。一時退院の許可なんて聞いてなかったわよ?」

「すみませんね。ちょっと突然の事だったので、日程も長くなってしまって……」


 仕方なかった。本当なら舞花さんに1日空けるという話をするはずだったのが、あの事件のおかげで急遽の日程変更、期間延長となったのだから。


 クリスマスが終わり、世間的には年末年始への準備に入ったというところだろうか。

 病室で一人テレビを見ていても面白くないので、よつ葉が回ってくる定期的な巡回以外は、だいたい舞花さんと雑談をしていることが多い。


「変なのよね。よつ葉ちゃんもその日はお休みをとっていたって言うから、何かあったのかなって思って」

「そうでしたか……?」


 ドキッとしてしまう。自分たちが父娘であるということは、本当に限られた範囲でしか知られていないはず。しかし、あのような非常事態が起きた中でそこまでを完全にカバーできたかといえば、そこまでは考えが及んでいなかったかもしれない。


 どう答えたものか考えあぐねていたところに、一人の男子看護学生がやってきた。彼の姿も何度も見ている。よつ葉と同じ大学で同じゼミの学生だった。確か名前は……、


「山之上さん、こちらでしたね。もうすぐ投薬の時間です」

「あら小野くん、もうそんな時間なのね……。そうだ、小野くんなら知ってるかも?」


 舞花さんが、まさかここでというように……、


「ねぇ、昨日までよつ葉ちゃんって学校に行ってた?」


「いや? よつ葉は休んでましたよ。なんでも実家に帰るとかって聞いてましたけど?」

「え? よつ葉ちゃんの実家って……?」


 舞花さんが首をひねったときだ。


「小野さん、ちょっとこっちへ」


 自分の冷や汗が背中を流れたような気がしたとき、後ろから声がかかった。

 振り向いてみると、河西看護師長だった。河西さんについてはいろいろな顔を見てきたけれど、今回のもそうだ。顔は笑っていながら目は座って小野くんを見ている。


「は、はぃ……」

「小野さん、カンファレンス室で待っていてください

「カ、カンファレンスですね……」


哀れだ小野くん。看護学生にとって患者の付き添いがないカンファレンスルームというのは、いわゆる「お説教部屋」であることがほとんどだからだ。


「山之上さんは、お部屋に戻っていてくださいね。お薬をお持ちしますから。小林さんもお部屋に戻ってくださいませんか? 面会を希望されている方がいらっしゃいますから」

「わかりました」


 自分への面会希望者なんて誰だろう……。職場の人間でも来たのだろうか。報告はメールなどで常に行っているのだけれど。


 部屋に戻ってみると、想像もしていなかった人物が俺を待っていた。

 私服に着替えているよつ葉と、もう一人の女性が部屋のなかで座っていた。


 そうか、さっき河西看護師長が呼びに来たのはそういうことだったのかとようやく気がつく。


 あの呼び出された小野君も、よつ葉が実習時間を切り上げていることを知らされていなかったのだろう。

 以前のときと同様に、ことはどうやら秘密裏に進められていたようだ。


「よつ葉、今日の実習は終わったのか?」

「うん、今日はお姉ちゃんが来るって、看護師長さんにも言ってあったから」

「そっか……。ふた葉……。迷惑をかけてすまなかったな」


 そう、両親の離婚で迷惑をかけたのはよつ葉だけでない。この4歳年上のふた葉にも同様に謝罪しなければならなかったのだから。


「お父さん……、話はみんなよつ葉から聞いてる。今さら当時の話にどうこう言うつもりはないから。ただ、自分も仕事の関係で地元を離れちゃってるから、先日までのようによつ葉のことを見ていてもらえるって分かって逆に安心した」


 ふた葉は妹のよつ葉とは違い、母親の言うとおりに教職の道へは進んだ。しかし、就職先は地元ではなく地方をまたいだところでの就職になったそうだ。

 それもまた、あの母親としては面白くなかったらしい。執拗に地元での就職を言ってくるそうだ。


「また教員採用試験受けるの嫌じゃない。しかもそんなくだらない理由でもう一度最初からやり直せっていうの? そんなバカな話なくない?」


 この様子を見ていると、今回俺が話した計画……、病院に戻る前夜、よつ葉に打ち明けた内容について反論するような雰囲気ではなさそうだ。


「ええ、話はよつ葉から先に聞いてる。あたしは別に名字がどう変わろうと気にはしないから。それに、今は結婚して戸籍の姓が変わったとしても、職場では旧姓ってことも多いから、そんなのはどうにでもなる話じゃない?」


「そうか、また迷惑をかける事になるな。それに、確実に出来るかどうかはわからないぞ?」


 本当に久しぶり、父娘三人での報告が続いた。


 特にいま一番の懸念は、よつ葉の就職についてだ。

 これまでの話を総合してくれば、母親が執拗に教職に進めと「今でも」迫ってくること。

 そんなことは現実的ではないし、よつ葉本人の希望でも何でもなく、ただの親のエゴであるということ。


 それを拒否していることにより、家での居場所を失い、親戚にまでも悪評を撒き散らされるという仕打ちを受けている。

 自分が言うのも説得力はないけれど、家庭というものがそもそも崩壊している。


 もうここまで来たら引き返す必要はない。

 あとは背中を押して、見守ってやればいいだけの話だ。


 でも、このままではいつまた執拗な横やりを入れられるか分からない。


「ふた葉、よつ葉。さっきの話を進めても構わないか? お前たち二人が賛成してくれれば、俺はそれに向けて動き出す。もしかすると家庭裁判所の担当者とかが面談に行くかもしれないが、それは許してほしい」


「あたしは別に平気。それよりも、これだけ近くにいたのだから、よつ葉を守ってあげてほしい」


「分かってる。それはあと2ヶ月、どうよつ葉を守りきるかだ」


 看護師国家試験は、2月の半ば。それまでに、あの母親がおとなしくしているとは思えないからだ。河西さんと相談はしているけれど、よつ葉のこの実習だって、いつまでもというわけにはいかないからだ。


「パパ、この延長実習なんだけど、年末の区切りがいいところで終わろうかって、看護師長さんが言ってた」

「そうか……」


 学校がある日や時間帯はいい。問題はそれ以外の時間帯だ。


「それなら、何もない時間帯はこの部屋で勉強していればいいんじゃないか? テーブルも椅子も自由に使っていい。どうせ個室だ。ドアが閉まっていたって、誰も気にする人はいない。家族なんだから面会時間だってあってないようなもんだ。河西さんには俺から話しておく」


 それなら、本当に部屋には寝に帰るだけになるから、よつ葉としても少しは気が楽になるのではないだろうか?


「パパ……、それでもいいの?」


 急な話にいろいろと不安や不確定要素がないわけではないが、あとたった2ヶ月の話だ。それに、その頃には自分も退院に向けた準備が始まる。

 新しい動きを始めるには、年明けで丁度いいじゃないか。


「よつ葉のこと、悪いけどお願いするわ。何か協力できることがあったらいつでも教えてちょうだい」


「分かった。そのときは頼むな」


 二人ぶんの弁当を売店で買ってこさせ、病室で三人で夕食を済ませたあと、娘たちが病室を後にしたのは、面会時間はおろか、病棟の消灯時間も過ぎてのことだった。


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