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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
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36話

 パジャマに着替えて、パパと一緒のお布団に入る。そしてパパが話しかけてくれる。



「今日は冷えるな。確かに天気が悪かったし……。風邪をひいたりしないようにな」

「うん……。今夜は雪が降るかもって天気予報言ってたよ」


 昔と同じようにパパに寄り添って眠るのが当たり前になっている。


「パパ、今夜は甘えちゃうけど……。それでもいい……?」


 昔から幼稚園や小学校であったことをこうやって布団の中でパパに話すのが好きだった。


 パパの胸元に顔を埋め心音を聞いていると安心感が溢れてくる。


 パパが、よつ葉の髪の毛をそっと撫でてくれる。よつ葉はパパのパジャマをぎゅっと握る。


「ごめん、嫌だったか……?」

「ううん……。違うの。そんなことをしてもらったら、よつ葉……、こらえきれなくなっちゃう……」


「いいんだぞ。今夜はクリスマスなんだから。よつ葉がやりたいと思うこと、溜め込んでいるもの、楽になるならみんな吐き出してしまいなさい」


 パパがよつ葉を抱き締める腕に力が入る。

 今まで泣けなかったよつ葉だったけど、パパに抱き締められて感情が込み上げてきて泣くことができた。


「ぱぱぁ……」

「うん?」

「恥ずかしい……」

「どうして? 泣いてる娘を抱きしめていて何が恥ずかしい? ここは外じゃないんだから」

「ありがとう……」


 落ち着いてきたので、今までのことを少しずつ話始めた。パパは何も言わず聞いてくれた。


「前にも言ったよね……。もう戻るところもないって。引っ越しで持ってきていなかった荷物は、全部捨てられていた。もうだからよつ葉があの家に戻ることはないから……」

「無理して戻ることはない。よつ葉が今一人暮らしで安心できる部屋があるなら、それが一番いい」

「うん……。お金大変だけどね……」


 奨学金は、学業成績が考慮されていて無利子枠に入っていた。アルバイトをして収入があると有利子となってしまい返済額が上がってしまうから、バイトをしないでひたすら食費や服飾費を削って学費に充てていた。


「あとね……。あの人に言われた……。あんたなんか産むんじゃなかったって……」

「なんてことを……!」


 よつ葉を抱き締める腕に力が入るパパ。


「よつ葉……、頑張ってめげずにここまできてくれたな」

「ぱぱぁ……」

「もう、単位は全部取りおわったんだろう?」

「うん。あとは試験だけ……」


「そうか、わかった。河西さんとも少し話してみるよ……」


 パパが再びよつ葉を強く抱きしめた。パパも辛かったんだなぁと思うと切なくなった。そんなことを考えているうちに眠ってしまっていた。




 翌朝もパパより先に起きて、この数日と同じように朝食の準備をする。今日は病院に戻らなくてはいけない。暗くなる気持ちを外の景色が変えてくれた。


「パパ、おはよう!」

「おはよう。元気そうだな?」

「ねぇねぇ、外を見て?」

「うん?」


 パパが、カーテンを開けて外の銀世界をみて驚いていた。


 ふたりで朝食を済ませて、片付けとゴミ出しをして出かける準備を整えるとパパが話しかけてきた。


「よつ葉……、頼みがあるんだけど……」

「なぁに?」


 パパが戸棚の奥においてあった封筒を取り出してきた。


「これ、よつ葉に預ける。なにかと役に立つだろうから。父娘だ、渡しておいて問題はないだろう」


 中を確認するとこの部屋の鍵が入っていた。


「パパ……。預かるよ……」


 自分のバックの中から鍵のキーホルダーを取り出して、その場で取り付けた。



「よつ葉、まだ時間平気か?」

「うん」


 パパと二人でその児童公園に向かう。まだ誰も来ていない公園。


「やった、まだ誰も足あとつけてない!」


 ショートブーツであることをいいことに、してみたかったことをしてみる。真っ白な地面に足あとをつけていく。それを見ていたパパが


「転ぶなよ?!」

「うん!」


 ベンチ上に雪うさぎを作ってみたり、軽く雪合戦をしてみたり、遠い昔していた事がよみがえってきた。


 気がついてみれば、手袋もしていなかったから、二人とも手が真っ赤になっている。パパがポツンとひとこと。


「このまま帰ったら、河西さんに怒られるな?」


 一度部屋に戻り、ヒーターで手を暖める。

 そして顔を見合わせて思わず笑ってしまった。


「よし、行くか……」

「パパ、お願い……。あと5分だけ……」


 ギュっと抱きついたよつ葉をコートの上から抱き締めてくれるパパ。病院に戻ってしまっては、これも出来なくなってしまうから。


 外に出ると、道路に積雪はほとんどなくなっていた。


 先によつ葉の部屋に寄って荷物を置き、そこから病院に戻る。




「戻りました」


 3日ぶりのナースステーションに顔を出す。

 河西看護師長がすぐに出てきてくれた。


「もぉ、こんなに早くなくても大丈夫だったのに。菜須さんも息抜きできた?」

「はい。お世話になりました」



 河西看護師長はパパの病室に誰も入らないように鍵をかけてくれていたらしい。

 三人で3日ぶりの病室に「戻ってきた」ような不思議な気がした。


「今日まではお休みだから、ここでゆっくりしてもいいし、帰宅しても構わないわ。明日から、また制服で来てちょうだいね。あ、そうそう、看護記録持ってきてくれた?」

「あ、はい。こちらです」


 河西看護師長がよつ葉から看護記録を受け取ってざっと中身を改める。


「うん、記入漏れもないわね。このまま今夜の夜勤ナースに引き継ぐから、もう大丈夫よ。訪問看護お疲れさま」


 河西看護師長が扉を閉めて出ていく。


「よつ葉も、このあとは好きにしていいぞ? 部屋の荷物整理もあるだろうし、布団1枚で寝てたんだ。少しはゆっくりしたいだろう」


「そんなことはないけど……、パパの方もゆっくり休んで?」

「パパ、明日からまた実習生で来るね」

「この部屋ではあんまり気にしないでいればいい」

「うん、わかった。ありがとう……いろいろと」

「こっちこそ。楽しい時間だったよ」


 今まで一緒にいて、やっと頼れて甘えられる家族を知ってしまったので、離れがたい。


「また退院すればいくらでも時間は作れる。それまでもう少し。よつ葉も試験に向けて年明けから忙しくなるだろう?」

「明日の実習服取りに帰ることにするね」


 病室をあとにしたのは、太陽が地面に溶け込もうとしている夕暮れのことだった。 

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