34話
12月24日のクリスマスイブ、天気予報は当たり、朝からお天気は悪かった。
今日は外泊許可の最終日。明日になれば、一度は病院に戻らなくちゃいけない。
だから今日は大きな外出はせずに、ふたりだけの時間をすごそうとパパと決めていた。
「パパ、お洗濯ものお願いしちゃってもいい?」
「もちろん。よつ葉には、今日一日料理を作ってもらったりしなくちゃならないんだからね」
朝からパパとのクリスマスパーティのお料理の準備することを決めていた。
河西看護師長に怒られることも覚悟で、夜のパーティに備えて朝食は冷凍庫のなかに残してあったごはんを電子レンジで温めて、お漬けものと卵焼き、味付海苔というように本当に質素にしてしまった。そしてお昼も。
夕食で父娘水入らずの食事の時間を作ろうということになっている。そのための食材も昨日のうちに買ってきてある。
「パパ、これから電子レンジ使うから、ブレーカー飛ばさないように気を付けてね」
「わかったよ。もうおとなしくしてるよ」
「本当はパパは病院のベッドの上なんだからね?」
父娘の会話を楽しみながらパーティの料理の準備を進めていく。その間パパは、本を読んだりPCで仕事を少しずつ片付けて時間を過ごしていた。
野菜を切ったり、揚げ物をする。キッチンからは甘い香りが漂い始めた。
メニューはよつ葉に任せてもらっている、パパの好物も作ることを決めている。
手の空いた瞬間ふとパパを見ると、ウトウトしている。やっぱり身体が疲れていたんだろう。毛布をかけてそっとしておく。その間に料理を完成させる。ちょっとしたサプライズも準備してある。そろそろパパを起こそうかな。
「パパ、お待たせ。出来たよ?」
寝ているパパの肩を叩いて声をかける。
「ごめんな。なにも手伝えなくて」
「ううん。ゆっくりできたかなって。昨日まではパパも疲れちゃったと思うのに、よつ葉にお付き合いしてくれたから」
テーブルの上には既に料理も並べてある。用意したお料理はパーティ用っていっても何を作っていいのかわからないから、卵とツナの2色サンドと、レタス・ベーコン・トマトを挟んだサンドイッチ。マカロニサラダと、鶏のから揚げ。そしてメインのケーキ。
パパは、いちごのケーキに驚いているようだった。
「ふふふっ。ちゃんと昨日一緒に材料は買っていたんだけど、こうなるとは思っていなかった?」
サプライズ大成功。
「じゃぁ、始めようよ?」
「そうだね。これの片付けもあるしな」
「もぉ、パパぁ。それはよつ葉のお仕事だから大丈夫」
「パパ、クリスマスだね」
「そうだなぁ。もう何年前の話だろうなぁ。こうして二人でこの日を過ごしたのはなぁ」
「それはよつ葉も同じ……」
うん、本当にそう。クリスマスを誰かとこうやって過ごすなんて、いつ以来のことだろう。小学校の頃からそんなイベントは関係ないと机に向かっていた。それに看護師を目指すと決めてから、よつ葉の居場所は自宅ですら自分の部屋の机にしかなくなっていた。
いまでこそ、そんなよつ葉の境遇を知って、学校の仲間たちは勉強会などのスケジュールを入れてくれる。でも、去年まではそのあとの夜は、目と耳を塞ぐようにして部屋に帰って、あとは参考書を、それこそ寝落ちするまで解いていた……。
「よし、よつ葉、食うぞ!」
「うん!」
パパが最初に手をつけたのは、小さなケーキ。
パパはケーキにナイフを入れてなかをみて感心しているようだった。
「なるほど、考えたなぁ……」
「ね? ホットケーキミックスなら、スポンジケーキよりも楽でしょ?」
オーブンはなかったから、ケーキを焼くことはできないから、フライパンを使って、ホットケーキを焼くことにした。
それを同じ大きさにカットして、上から生クリームでコーティングして、なんちゃってケーキ。
「よつ葉、いろいろと苦労させてしまったな。それなのに、味を覚えていてくれたなんて、なんとお礼を言ったらいいか……」
「ううん。よつ葉はパパが元気になってくれればそれでいいの。去年の夏にパパと会って、苦しそうだったのを見て、よつ葉が絶対に担当するんだって。元気になって退院してもらうんだって。だから、頑張ったよ……。でも、結局はいろいろパパに助けてもらっちゃったね」
「これからだって、力になることは何でもする。2月には国家試験も待ってるもんな。教授も、天野看護師長も間違いなく合格はできると言ってくれているけど、よつ葉にはもっと自信をつけさせることと、安心を与えてあげてほしいと言われているからな」
「もぉ、みんなでよつ葉泣かせようとしてるんだからぁ」
「来年の4月1日、笑って迎えような」
「うん。パパも退院に向けてのスケジュール少しずつ進めているんだもんね」
パパが何かを言いたそうにしていて、意を決意したのかよつ葉に声をかけた。
「なぁ、よつ葉。ふた葉はまだ……、その……、独身なのか?」
「お姉ちゃん? うん。お付き合いをしているのは何回か知っているけれど、今は誰もいないはず」
「そうか……」
「よつ葉、もし、ふた葉に連絡がとれるようなら、病院に帰ったあとにあの部屋に呼び出すことはできるか? もちろん、よつ葉にも一緒にいてほしいんだけど」
「もちろんそれは大丈夫だと思うよ。お姉ちゃんに連絡しておくね」
テレビを点けることもなく、二人だけの話が続いた。
「そうだよ。あの時のパパが一番かっこよかったぁ」
「そうかぁ? 俺はただ頑張っているよつ葉に他の選択肢はないと思っているだけだ」
「そう思ってくれるのはパパだけだよぉ」
「今日だって、本当はもう少しやってあげたいとは思っていたんだけどな。俺が持たなかったか……」
「パパ、ありがとう。よつ葉すっかり元気になれたよ。パパに治してもらった。だからもう大丈夫だから。本当に心配かけちゃってごめんね」
気がつくと、もう夜の8時を回っている。
病院と同じ生活を保つため、この仮退院でも消灯時間は基本的に病棟と同じ9時に設定している。その時、パパがよつ葉に声をかける。
「よつ葉、課題の看護記録を書いてしまいなさい。片付けは俺がやっておく。風呂も同時に沸かしておくから」
「うん、ごめんね。最後の最後にドタバタになっちゃって」
「今日は特別な日だ。河西さんだって分かってくれるさ」
パパに片付けを任せて、テーブルに看護記録の用紙を広げ看護記録を書き始めた。
「よつ葉、お風呂の準備まで終わったよ」
「うん、よつ葉ももう書き終わる。また一緒に入っていいんだよね?」
「もちろんだ」
そんな会話をしながら、書類を鞄にしまい脱衣所に向かい、一緒にお風呂に入る。
「パパ、今日も背中流してあげるね」
「うん、頼むよ」
昨日と同じように、二人で体をお互いに洗い、一緒に湯船に入ってからも他愛のない話は続いた。気がつけば、看護記録に書いておいた就寝時間はとっくに過ぎてしまっていた。




