33話
12月24日のクリスマスイブ、この日は天気予報の情報が当たって、朝からお天気は悪かった。
でも、その事はお互いに分かりあっていた。
今日は外泊許可の最終日。明日になれば、一度は病院に帰らなくちゃいけない。
だからこそ、今日は大きな外出はせずに、ふたりだけの時間をすごそうと決めていた。
「パパ、お洗濯ものお願いしちゃってもいい?」
「もちろん。よつ葉には、今日一日料理を作ってもらったりしなくちゃならないんだからね」
本当は河西看護師長に怒られることも覚悟だった。
朝食は本当に、冷凍庫のなかに残してあったごはんを電子レンジで温めて、お漬けものと卵焼き、味付海苔というように本当に質素にしてしまった。
お昼ごはんも予定としてはおにぎりをかじる程度にして、その代わりに、夕食で父娘水入らずの食事の時間を作ろうということになっている。
そのための食材も昨日のうちに買ってきてある。
「パパ、これから電子レンジ使うから、ブレーカー飛ばさないように気を付けてね」
「わかったよ。もうおとなしくしてるよ」
大丈夫だ。もう電気を食う掃除機や洗濯機も終わらせた。
「本当はパパは病院のベッドの上なんだからね?」
本当にその通りだと思う。よつ葉の存在がいてくれるから、今回のことを企画をしたし、偶発的な事故だとは言え、こいう時間延長ももらうこともできたんだ。
今日のスケジュールを希望してきたのはよつ葉なのだから、そこは尊重してやりたいと思う。
本を読んだり、もって帰ってきたPCで仕事を少しずつ片付けて時間を過ごす。
野菜を切ったり、揚げ物をしている音。電子レンジからは甘い香りもしてくる。
メニューはよつ葉に任せてあるから、何ができるのかは分からない。
それでも、自分は口出しをすることはしないと決めていた。
雨音を聞きながら、いつの間にかウトウトしてしまっていたらしい。
「パパ、お待たせ。出来たよ?」
よつ葉に肩を叩かれて、目を覚ますと、そうか……座椅子に座ったままうたた寝をしてしまっていたようだ。
よつ葉が掛けてくれた毛布が暖かいことからも、それなりに時間は経っているようで。
「ごめんな。なにも手伝えなくて」
「ううん。ゆっくりできたかなって。昨日まではパパも疲れちゃったと思うのに、よつ葉にお付き合いしてくれたから」
洗濯物も畳んであって、テーブルの上にはすでに料理も並んでいた。
卵とツナの2色サンドと、レタス・ベーコン・トマトを挟んだサンドイッチ。
マカロニサラダと、鶏のから揚げは自分の好物だと以前に話していてくれたのを覚えていてくれたらしい。
驚いたのは、イチゴが乗ったケーキが用意されていたことだった。こんな用意はしていなかったのに……。
「ふふふっ。ちゃんと昨日一緒に材料は買っていたんだけど、こうなるとは思っていなかった?」
確かにイチゴの小さなパックを買ったのを覚えているし、生クリームも買った。でもケーキのスポンジなんか買っていたっけか?
「じゃぁ、始めようよ?」
「そうだね。これの片付けもあるしな」
「もぉ、パパぁ。それはよつ葉のお仕事だから大丈夫」
自分はお酒を飲まないが、よつ葉は少しなら嗜めるという。でも、これは看護中のお話だということで、わざとノンアルコールのカクテルを選んで買ってくれたっけ。
「パパ、クリスマスだね」
「そうだなぁ。もう何年前の話だろうなぁ。こうして二人でこの日を過ごしたのはなぁ」
「それはよつ葉も同じ……」
一瞬、これまでの生活の苦労が頭の中に蘇りそうになったけれど……。
「よし、よつ葉、食うぞ!」
「うん!」
最初に手をつけたのは、どうやって作ったのか謎になっていた、小さなケーキ。
ナイフを入れてみて、初めてその秘密がわかった。
「なるほど、考えたなぁ……」
「ね? ホットケーキミックスなら、スポンジケーキよりも楽でしょ?」
うちにオーブンはなかったから、ケーキを焼くことはできないけれど、フライパンはあるから、ホットケーキを焼くことはできる。
それを同じ大きさにカットして、上から生クリームでコーティングしたんだと。
「よつ葉、いろいろと苦労させてしまったな。それなのに、味を覚えていてくれたなんて、なんとお礼を言ったらいいか……」
「ううん。よつ葉はパパが元気になってくれればそれでいいの。去年の夏にパパと会って、苦しそうだったのを見て、よつ葉が絶対に担当するんだって。元気になって退院してもらうんだって。だから、頑張ったよ……。でも、結局はいろいろパパに助けてもらっちゃったね」
「これからだって、力になることは何でもする。2月には国家試験も待ってるもんな。教授も、天野看護師長も間違いなく合格はできると言ってくれているけど、よつ葉にはもっと自信をつけさせることと、安心を与えてあげてほしいと言われているからな」
「もぉ、みんなでよつ葉泣かせようとしてるんだからぁ」
「来年の4月1日、笑って迎えような」
「うん。パパも退院に向けてのスケジュール少しずつ進めているんだもんね」
そうだ。自分もこの春には病院を退院、1月ほどのリハビリと静養を兼ねて、仕事復帰という道筋を大まかに立てている。
それ以外にも、この春先に向けてはいろいろとスケジュールがありそうだ。
「なぁ、よつ葉。ふた葉はまだ……、その……、独身なのか?」
あまりにもプライベートな単語になってしまうので、言うかどうか迷ったものの、相手がよつ葉であればいいかと思った。
「お姉ちゃん? うん。お付き合いをしているのは何回か知っているけれど、今は誰もいないはず」
「そうか……」
俺は、一つの可能性にかけてみることにした。
「よつ葉、もし、ふた葉に連絡がとれるようなら、病院に帰ったあとにあの部屋に呼び出すことはできるか? もちろん、よつ葉にも一緒にいてほしいんだけど」
「もちろんそれは大丈夫だと思うよ。お姉ちゃんに連絡しておくね」
テレビを点けることもなく、二人だけの話が続いた。
よつ葉の長い長いお話。高校時代に看護師を目指すことに決めてから、自宅で受けてきたこと。大学の受験でも無茶苦茶な条件を突きつけられ、それをクリアしてからも家庭での冷遇が続いたこと。それが心の傷となり、今でも時々心療内科のお世話になること。
一方で大学の仲間には恵まれていること。そして、自分と再会したことによって、看護師という職業への背中を押してもらえたことが一番嬉しかったこと。
「そうだよ。あの時のパパが一番かっこよかったぁ」
「そうかぁ? 俺はただ頑張っているよつ葉に他の選択肢はないと思っているだけだ」
「そう思ってくれるのはパパだけだよぉ」
「今日だって、本当はもう少しやってあげたいとは思っていたんだけどな。俺が持たなかったか……」
「パパ、ありがとう。よつ葉すっかり元気になれたよ。パパに治してもらった。だからもう大丈夫だから。本当に心配かけちゃってごめんね」
気がつくと、もう夜の8時を回っている。
病院と同じ生活を保つため、この仮退院でも消灯時間は基本的に病棟と同じ9時に設定している。
「よつ葉、課題の看護記録を書いてしまいなさい。片付けは俺がやっておく。風呂も同時に沸かしておくから」
「うん、ごめんね。最後の最後にドタバタになっちゃって」
「今日は特別な日だ。河西さんだって分かってくれるさ」
お皿を洗って、お風呂にお湯を張っている間に、よつ葉はテーブルの上で看護記録を書いていてくれた。ここで書いてしまえば、夜中にひとり起きる必要はない。
いくら課題や仕事とはいえ、一人で寂しい思いをしながら、それを俺の前でやらせるわけには行かない。
いつもよつ葉がしてくれているように、洗ったお皿を切れに拭き上げて食器棚に戻して、浴室前の脱衣所に着替えを用意して準備が整った。
「よつ葉、お風呂の準備まで終わったよ」
「うん、よつ葉ももう書き終わる。また一緒に入っていいんだよね?」
「もちろんだ」
そんな会話をしながら、書類を鞄にしまったよつ葉が脱衣所に来て、一緒に服を脱ぎ始めている。
昨日はこの光景にもドキドキしたものだけど、今日はもうそれにも慣れてしまった。
「パパ、今日も背中流してあげるね」
「うん、頼むよ」
昨日と同じように、二人で体をお互いに洗い、一緒に湯船に入ってからも他愛のない話は続いた。気がつけば、よつ葉が看護記録に書いておいた就寝時間はとっくに過ぎてしまっていた。




