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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
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31話

 食器の片づけがおわって、テーブルで作業をしていたよつ葉をみる。


「どうだ? 看護日誌書き終わったか?」


 昨日の夜中、自分の看護記録である日誌を一人で書かせてしまったこともあって、今日は先に書いてもらう時間を作っておいた。


「うん。もう今日の分は終わり。パパもお薬ちゃんと飲んでくれたし、就寝時間は明日の朝に書き加えれば大丈夫」

「そっか……」


 本当なら、食事が終わって寝る間に重要なことがあったはず……。

 昨日の言葉をよつ葉は覚えているのだろうか……?


「よーし、終わったぁ。パパ、お風呂の用意は出来てる?」

「うん。出来てるよ。着替えとかも全部洗濯機の上に用意してある」


「うん、分かった。じゃぁ、一緒に入ろうよ。子どもの時みたいに」


 どうやら俺の心配とは正反対で、よつ葉はこれを楽しみにしていたらしい。


 本当にいつ以来になるのか。


 昨日はバスタオルを巻いて背中を洗ってくれたけれど、今日は違う。


 よつ葉が幼かった頃、一緒に入ったいたのと変わらない姿で浴室に入った。


「よつ葉は平気なのか? その……」

「へっ? あぁ、だって、看護実習でも見るから。それによつ葉とパパでしょ?」


 昨日とは違い、背中だけでなく、基本的には相手に体を洗うことを任せた。


「髪の毛もお願いしていい?」


 肩までの髪をシャンプーで指先に力を入れて洗ってやる。当時の記憶は意外に残っているものだ。


 二人とも交代で洗い終わって、二人揃ってバスタブに入って見つめ合う。


「ふふっ。できちゃったぁ。やってみればどうってことないのにね」


 笑っているよつ葉。そう、なんてことないことなんだから。意識しすぎる必要はない。


 風呂上がりに、これも何年ぶりだろうか。よつ葉の髪をドライヤーで乾かしてやる。

 染めたりすることもなく、昔からの真っ黒な地毛。

 あの苦労した生活を聞いていれば、お洒落にかける予算などなかっただろう。

 逆にそのおかげで、当時と今のよつ葉を重ね合わせて見ることができる。


「明日もいいよね?」

「もちろん」


 今日やることは全て終わってしまったし、病室の消灯時間は午後9時。


「日誌は書き終わったかい?」

「あとこれだけ。就寝時間は今でいいよね」


 よつ葉の宿題である看護日誌の就寝時間を書いてもらっている間に、昨日と同じく1組の布団に二人で入る用意をした。


「パパいい?」

「うん?」


 最初に並んで布団に入ってから、よつ葉が少し体を起こす。


「どうした?」


 俺の胸の上によつ葉が耳を当てる。


「むかし、眠れないとき、パパはいつもよつ葉を抱き締めて、この音を聴かせてくれた……。変わってないね……。あの頃と……」


 なにも変わらなかった訳じゃない。


 自分もこうして体や心も壊し、よつ葉も家で酷い仕打ちをうけてきた。負けん気だけで走っていたけれど、それも限界に近づいていた。


 よつ葉も正直なところ限界だったはず。それでも、家を飛び出した……(詳しく聞けば追い出されたというに等しいとわかった)手前、意地でも家には帰らないと決めていたし。


 傷だらけで、もうどこに助けを求めていいかわからなかった時に、俺たちは再会した。


 だから、十数年前まで一度時計を戻して、やり直したいという思いが共通にある。


「パパ、手を貸して?」


 よつ葉が俺の手をとって、自分の胸元に当てる。


「よつ葉……」

「パパ……、分かる?」


 柔らかい感触の奥に、よつ葉の鼓動がはっきりと感じられた。


「あぁ……」

「よつ葉、生きてきてよかったんだよね……?」

「当たり前だ。だからこそ、よつ葉と再会できたんだ。間違いない」


 これを聞くだけでも、何てことをあの親はこの若い娘に投げつけてきたのだろう。

 どれだけの不安を抱える毎日を過ごしてきたのか…。

 親であれば、しかも俺と違って、よつ葉は養子でもなんでもない。間違いなく自分のお腹を痛めて生んだ子なのに、そこまで痛め付けることは一体何の得になるのだろうか……。


「うん……。頑張ってきてよかった……」

 よつ葉の手を握ってやる。


 よつ葉は当てた手をそのままにして、体を寄せてきた。


 反対の空いている腕をよつ葉の背中に回してやる。


「こらからも、ちゃんと見守っていくのが俺の役目だ……。なんにも心配しなくていい……」

「うん……」


 そのまま抱き締めてやっていると、久しぶりに1日はしゃいだよつ葉は、安心しきった顔を俺に向けながら、小さな寝息をたてていた。


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