30話
パパを起こさないように、ソッと布団から抜け出して洗濯機をかけ、朝食の準備をする。
まず、ご飯を炊かなくちゃね。炊飯器にふたり分のご飯をセットして、在り合わせの物でおかずを作る。お味噌汁の具材は、ワカメとお豆腐。そしてベーコンとほうれん草のソテーを準備をしていると洗濯機が終わった音が聞こえてくる。
パパはまだ眠っている様子なので、浴室に干しておくことにする。全てが終わった頃にパパがよつ葉に声をかけてくれる。
「よつ葉、おはよう。朝からやってもらっちゃって悪いな」
「パパおはよう。本当にあるものだけで在り合わせだけど許してね」
「よつ葉……」
「パパ、よつ葉がやりたかったことなんだからいいの。ちゃんと夢かなっちゃったよ?」
パパに心配をかけないように明るく振る舞う。そしてふたりで食卓を囲む。パパの箸が進んでいる様子にホッとした。病院のときよりも食欲がある。それは大きな収穫だった。
「ごちそうさまぁ。片付けちゃうね」
「よつ葉、お皿の片付けはやっておくから、外出の用意を始めてくれるか? 着替えとかお化粧とかもあるだろう?」
パパにお願いをして身支度をさせてもらう。
「お願いしちゃうね?」
昨日買った服のタグを切り、並べて選ぶ。
「パパ、ちょっとこっちから目をそらしててね? ちょっと刺激強いかも? それともガッカリするかなぁ?」
パジャマのボタンに手をかけながら、パパに意地悪を言ってみる。正直言えば、パパになら見られたって構わないと思ってる。昨日だって、よつ葉はパパに抱きついて寝ていたんだもの。体型だって分かってるよね。
幸いこの部屋の間取りは2DK。パパも自分の着替えを取りに行くと、よつ葉の視線からパパが消える。
「パパ、ごめんね。ありがとう」
襖の反対側からパパに声をかけた。
「謝ることじゃない。当たり前のことだよ」
襖越しに話をしながら、ササッと着替える。
「パパ、終わったよ。ありがとう」
よつ葉の声に、パパが襖を開ける。
「よつ葉……」
「なぁにパパ、なにかよつ葉についてる?」
「よつ葉……、きれいだ……」
「もぉ、パパ? お世辞は抜きだよぉ?」
パパはよつ葉を褒めすぎる。本人は当然のことと言うけれど、よつ葉自身が聞きなれていないもの。学校でも言われたことない。
「よしよつ葉、出るぞ?」
「うん!」
服と同じく昨日買ったブーツを履いて、前に買ってもらったマフラーを襟元に巻いて出発準備が出来上がる。パパとふたりで電車に乗りパパに着いて行く。
パパに連れてきてもらったのは、郊外にあるキャラクターがいっぱいのテーマパーク。
「よつ葉はここ来たことないだろう?」
「もちろん。遊園地だなんてもういつ以来の話だろう……」
パパが入場券を買ってくれて園内に入る。
「パパ、もぅ、こういうことは先に言ってもらわなくちゃ」
パパと園内を巡る内に、だんだん気分が幼い頃に戻っていた。
「ねぇ、パパ、あのうさぎさん懐かしい!」
「よつ葉が小さい頃からいるよなぁ」
「うんうん!」
そのあともパパと、ショーやパレードを一緒に見たり、乗車中に撮られた写真を買ったり、よつ葉の持っているスマホで、キャラクターと一緒に写真を撮ったり過ごした。
小児科の実習をしたときに、よく枕元に家族写真が置いてあることがあった。
よつ葉はこういう経験をそれまでしてこなかったから……。
逆に、病室で寂しいと眠れない子たちの気持ちがわかった気がする。
だって、今日はパパと一緒に撮ってもらえた写真たち。これは消したくない。よつ葉の宝物になったから……。
いつまでだって、この画面を抱き締めていたいと思うもの。
「パパ……、体は大丈夫?」
昼食に、よつ葉の好きなキャラクターの飾りをつけたパスタを食べながら、この瞬間だけは看護の顔に戻る。
「よつ葉こそ、慣れないことして大丈夫か?」
「うん、だってパパと一緒。こんなに楽しく笑ったの、前はいつだったんだろう……」
パパっ子だったよつ葉に、この時間は懐かしく嬉しい時間。気にしているであろうパパに、この事だけはパパに伝えなくてはいけない。
「パパ、よつ葉もお姉ちゃんもパパのこと責めたりしてない。仕方ないことだったんだよ。そうでなきゃ今こうしてパパと一緒にデートなんか出来てないよ?」
「よつ葉……」
「おしゃれもして、一緒に手を繋いで外出して、一緒にごはんも食べて。そして、とても楽しい……。これって立派なデートだよね。パパはよつ葉に初めてのデートをプレゼントしてくれてるの」
パパとの大切な時間だと言うことを、どうしてもパパに知ってほしかった。
「朝にお着替えをしたあとにね、どんなお化粧をしたら大人のパパとお似合いになるんだろうって、一生懸命考えた。ドキドキしながら普段とちょっとだけメイクを変えてみた。逆に普段より幼くなったかもって思ったよ。パパはそんなよつ葉のこときれいだって言ってくれた。よつ葉、朝から嬉し泣きずっと堪えてた……」
「ほら、よつ葉。せっかくの顔が台無しになっちゃうぞ? 俺だってこんな可愛い子隣に歩いて、どう見られるんだろうと思った。父娘なんだから当然なんだよな。病院じゃ見られないよつ葉の顔が見れてよかったよ」
「うん、だから……、よつ葉の初めてのデートのお相手はパパで決まりなの」
そのあとの時間、パパとふたりでクレーンゲームをしたり、よつ葉が使う小物や文房具を好きな絵柄で買い揃えて、学校のゼミのメンバーへのお土産も買ってから、最後にクリスマスのステージを並んで見た。
「ぱぱぁ……」
見終わったあとに、一番近い化粧室に駆け込んでメイクを直した。
「ただいまぁ」
「おかえり。よつ葉が疲れないようにそろそろ上がろうか」
「それは、パパが疲れたってことじゃないの?」
「それがなぁ……」
「パパ、よつ葉は思いっきり楽しめた。だから、お礼がしたいの……」
電車での帰り道、パパに思っていることを伝えることにした。
「明日ね、あんまりお天気がよくないって言ってたから、よつ葉がおうちでお料理作ってお祝いしようって思ってたの。あと、今夜のお夕飯のことも考えなくちゃ。帰りにスーパー寄っていい?」
パパは、よつ葉の言葉を黙って最後まで聞き方頷いてくれた。二人で食料品売り場でカートを押す。
「よつ葉、今日の夕飯は俺が作るよ」
「えっ? でもパパが……」
「よつ葉がいればこれだけ元気でいられる。逆に、明日はみんなよつ葉に任せるから」
「うん、任されたよー」
二日分のメニューを考えながら、ふたりでカートに入れていく。
「よつ葉……。夜更かしは体に毒だ。夕飯を作っている間に看護記録書いてしまいなさい。それに、試験の参考書も持ってきたんだろ? それをやってなさい」
「ぱぱぁ……」
家に戻り、明日の食材を冷蔵庫にしまい、夕食分で使う分を並べておく。
「今日はサーモンのムニエルにするから、少し待っててくれな? ご飯炊いてすぐに作るから」
「うん……。じゃあ、それも記録に書いておくね」
パパの言葉に甘えて看護記録を書き始めた。
「パパ、いくら一時退院でも、今日のこと全部書いたら怒られちゃうかなぁ?」
「そこは……、そうだなぁ、適当にはしょっておけ……。真実はよつ葉とパパの秘密だ」
「パパ悪いんだぁ!」
「そういうのを必要悪って言えるかなぁ……。河西さんにはナイショだぞ?」
昨日と同じくお皿やお椀がふたつずつ。幸せを感じる瞬間だった。




