28話
パパが浴室を出て、歯磨きなどの寝る準備をしている様子が伝わってくる。そしてそれらが終わりこちらに向かってくるのが気配でわかった。よつ葉の入っているお布団に向かってパパが話しかける。
「よつ葉?」
「あ、パパ、お夕食の後のお薬飲んでいないから、ちゃんと飲んでね」
楽しすぎてパパのお薬の事をすっかり忘れていた。布団を敷いているときに思い出した。よつ葉の鞄に入っている看護記録とパパの薬。
パパがよつ葉の前で薬を飲むのを見届ける。うん、それで大丈夫。そしてパパがよつ葉に声をかける。
「横に入るよ?」
「うん」
パパが明かりを常夜灯に落として、よつ葉の隣に座る。
温かい……。
もうダメ……。それだけのことなのに、よつ葉の心がいっぱいになっちゃう……。
「何年ぶりだろうな。よつ葉とこうやって一緒に寝るのは……?」
パパの言葉に我慢していたものが込み上げる。涙が溢れる前にパパにしてもらいたかった事を伝える。
「ねぇパパ……。腕枕して?」
「いいよ、おいで?」
パパに頭を撫でてもらい、背中をぽんぽんとゆっくり叩いてもらうと、我慢していたものが溢れ出した。
「パパ、ごめん……ね?」
「うん? どうしたぁ?」
鼻をすすりあげているよつ葉をパパが抱き締めてくれる。
「そんなこと……されたら、もうよつ葉……、我慢できなく……なっちゃう」
「何も我慢することない。よつ葉の気持ち、全部吐き出してごらん?」
「ぱぱぁ……!!」
それ以上の言葉は言えず、最初は必死で声を殺して、でもそのうちにその我慢もできなくなる。声をあげてパパの胸元で泣きじゃくる。
落ち着いてきた頃、胸の中にあるもの全てをパパに話そうと思っていた。
「パパはよつ葉が自由に進路をとれるように助けてくれようとして……。でも、お姉ちゃんと離してしまうことが出来なくて……。みんなよつ葉が悪いの……」
「そんなことはない。俺の力が足りなかった。そのために、よつ葉たちには本当に苦労をさせてしまった」
首を横に振り、これまでのことを全て話した。お家のこと、学校のこと、実習のこと。そしてパパが入院してきてからのことも。
パパは相槌を何度も打ちながらよつ葉の話をずっと聞いていてくれた。
よつ葉の話が終わったあと、パパはよつ葉の手を握ってくれた。
「よつ葉、パパも必ず元気になると約束する。だから、よつ葉も必ず看護師になってくれ」
「うん……」
「パパ……。あの三者面談をしたあとね、佐々木教授から、よつ葉はお父さん似なんだねって言われたの。支えあっていることも、いざというときに頑張っちゃうところも。あのお父さんを看護するために実習延長を出したんだねって笑ってた」
「そうだったか」
「うん、パパはあの日よつ葉に『看護師になりなさい』って言ってくれた。初めて肉親に言ってもらえたの。だからよつ葉、頑張れてる。あのひと言がよつ葉を支えてくれてる」
「よつ葉は強い子になったな……」
「ううん、よつ葉は今でも泣き虫で弱い子。でもね、パパだけでも喜んでくれるなら、よつ葉は看護師になりたい」
「うん、それでいい」
涙でぐちゃぐちゃだったけれど、顔をあげた。今できる範囲での精一杯の笑顔でパパをみた。
ふたたび、腕枕の体勢になってふたり並んだ。
最初は、一緒のお布団で寝るって言ってはみたものの、どうなんだろう。もうあの小さかった頃とは違うのに。もう22歳にもなった大人なのに……ってちょっとだけ後悔したことを改めて反省した。
よつ葉にとって、いくつになってもパパはパパだった。あの頃と変わらない。
あの頃もよく幼稚園や小学校でいじめられたよつ葉に腕枕をしてくれて、その背中をいつもポンポン叩いてくれて、いつも泣きじゃくりながら、そして泣き疲れてはパパの胸と腕の中で眠っていたんだもの。
「よつ葉……」
「なぁに?」
「ふた葉は……元気にしてるのか? さっき手術と言っていたけれど……」
パパにとっては、ふた葉お姉ちゃんも忘れていないんだ。よつ葉がつい口を滑らせてしまったことで、余計な心配をさせてしまったのかもしれない。
「お姉ちゃんね、元気で学校の先生やってるよ。実習がお休みの日で、今月手術したときも、よつ葉に過去問題解いておきなさいって……。看護師さんに笑われちゃった。塩対応ねって……」
実は同じ病院にパパと姉妹が揃っていた。
それを知っているのはよつ葉だけ。他の入院患者さんのことを話してしまうことはプライバシーの問題に抵触して言うことができないから。
そう、お姉ちゃんは家で言われたとおりに教師への道を進んだ。でも、よつ葉はその道へは進まなかった。それがきっかけで、お姉ちゃんとよつ葉の道は大きく別れた。
もっとも、お姉ちゃんはよつ葉のことをずっと見続けてはいたのだけれど。でも、その代償は大きかった……。パパ、どこにいるの?ってずっと探し続けていたの……。
「よつ葉……」
「ぱぱぁ…………ぱぱぁ……」
全てを話したことで安心したのか、パパに包まれている安心感からか眠りの世界へ落ちていった。
……深夜、ふと気がついた。いけない! 看護記録書いてないよ! それを条件にこれだけの時間をもらったのに。パパの腕からこっそり抜け出し、必要なものを取り出してパパを起こさないように流しの小さな明かりをつけて、記録を始める。
「……えっと、お薬飲んだのは……、お昼が1時、夜が8時で……、食欲も……普通に食べてたよね。就寝は……よつ葉が先に寝ちゃったからなぁ……失敗だぁ…」
いつもレポートはこうやって深夜に渡って書いていたっけ。でもまさかこんなシーンをパパに見られているとも知らず、よつ葉は看護記録を書いていた。




