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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
26/71

26話

 買い物から帰ってきて、荷物を床に下ろし、二人で顔を見合わせて笑った。


「よく買ったなぁ」


 荷物を見ながらパパが呟いた言葉に


「本当に大丈夫だったの? みんなよつ葉のものばっかりなのに」


 パパが、もちろんだと答える。


「これ、病院に戻るときに持っていけないね。帰りによつ葉のお部屋に置いておかなくちゃ」


 そう話しかけるとパパは、よつ葉に


「そうだよつ葉、明日は1日遊びに行くつもりだから、それ着てみたらどうだ?」

「えっ? いいの?」

「せっかく買ったんだ。好きなものを着ていきなさい」

「うん!」


 そして、パパが時計を見上げて話しかけてくる。


「もう、こんな時間か。外に食べにいくのも面倒だな。出前頼もう。よつ葉はなにか食べられないものあるか?」

「ううん、特にはないよ?」

「そうか」


 パパは、引き出しの中にしまってあったファイルをいくつか見比べている。

 そして、お店にデリバリーをお願いしていた。そしてキッチンの戸棚をゴソゴソ見ながら、よつ葉の方に向いた。


「飲み物も大したものないけど、許してくれな? お茶、温かいのと冷たいのどっちがいい?」

「じゃぁ、温かいのがいい」

「分かった。お湯沸かすから待ってろ?」


 パパは慣れた様子でやかんでお湯を沸かす。その様子を見るだけでも、一人暮らしが長いんだなと分かる。

 つまり両親が別れてから、パパは一人でこの時間を過ごしていたんだと思うと少し切なくなる。

 よつ葉も、本当なら実家から通うこともできたけれど、それは耐えきれなかったから……。こんなに近くに住んでいたんだもの。もし、よつ葉だけでもパパと一緒にいられたら、パパは入院なんてしなくてもよかったのかもしれない……そして、よつ葉も……。


 その時に玄関のチャイムが鳴った。パパがお財布を持ち玄関に向かった。


「ありがとうございます。明日の朝、洗って出しておきますから」


 キッチンカウンターに届いた物を置く。

 なんだろう、一緒につけてくれたお吸い物をお椀にあけて、急須に入れたお茶にもお湯を注ぐパパ。


「よつ葉、運ぶの手伝ってもらえないか?」

「うん!」


 カウンターに用意されているものをみて、驚いて息が止まった。そんなよつ葉にパパは


「どうした? いつか一緒に食べようと楽しみにしてたんだ」


 昔ながらのすし桶に入っているお寿司。もう驚き過ぎて声が出なかった。だって、こういうものってテレビの中でしか見たことがない。よつ葉にとって、こういうものが家に届くなんて想定外のことだもの。



 小皿にお醤油、テーブルの上に、二人ぶんのお箸が置かれた。お吸い物とお茶を並べて用意完了。



「よつ葉、ありがとうな」

「パパ、どうして? よつ葉何もしてないよ?」

「よつ葉がいてくれるから、パパは自分を治そうという気持ちになった。これはよつ葉の立派な看護実績だ。河西さんもちゃんとそこを評価してくれている。だから4日間もの時間をくれたんだ」

「パパ……」

「よつ葉、もうここに十分な実績を作っている。立派な看護師になるんだよ?」

「うん……。ありがとぉ…ぱぱぁ……」


 パパの言葉に涙がこぼれた。もう、パパには何度泣かされてきているか。もちろんそれは嬉し涙なんだけど、それでもパパに心配をかけたり辛い思いをさせないよう明るく笑うよう心がけた。


「美味しそう……。よつ葉お寿司なんていつ食べたんだろう……」

「お腹いっぱい食べていいんだからね」


 二人しかいないのに、たくさん入っているお寿司。きっとパパが多目に注文してくれたんだと思う。久しぶりにパパとの夕食。豪華なお寿司。


「パパ、おなかいっぱぁい」


 いつもひとりぼっちの食事、いろいろな理由も重なって抜くときもある。そんな事がしょっちゅうだった。パパと一緒に食べるという嬉しさから、気がつけばいつもより食べていたと思う。


「でも、ちょっとはしたなかったかなぁ」

「大丈夫だ。お腹いっぱい食べて、いい顔してるぞ」

「もぉやだぁ、恥ずかしい……」


 テーブルの上を湯飲みだけに片付けてお話をする。パパがよつ葉のことをいろいろな方面から話を聞いてくれていた。だからよつ葉が言わなくても、いろいろなことを知ってくれていた。


「よつ葉、疲れたらあの部屋においで。少しくらいなら目をつぶっていけるだろう?」

「もぉ、実習服を着ているときは、よつ葉は見られているんだから、さすがにそういう事はできないよ」

「そうか。それなら実習服を脱いでしまえばいいわけだろ? 実習時間が終わったら、見舞いに来てくれた家族としてあの部屋で勉強していけばいいじゃないか。フードコートでやるよりも静かで温かいだろう」


 パパが、よつ葉の事を真剣に考えてくれているのが嬉しかった。フードコートで勉強して帰ることもしょっちゅうだった。本当なら一度お家に帰って、またお買い物に出るなんてことをしてもいい。でも、時間もそれまでの光熱費だって考えれば少しでも節約できた方がいい。


「うん。パパがいいなら、それも使わせてもらうかもしれない」


 食後にお風呂には先に入らせてもらった。次にパパがお風呂に入っていった。

 幼い頃パパっ子だったよつ葉は、パパとお風呂に入るのが楽しみでパパの大きな背中を洗ってあげるのが大好きだった。あれからもう時間もたった。でも、ドアを開ければその背中がある。入院中に前からしてあげたかったことをしようと思ってお風呂の扉をあけた。


「よつ葉?」

「うん。ちょっと、恥ずかしいけど……。パパの背中……洗ってもいい?」

「よつ葉……頼むよ」

「うん、わかった」


 バスタオルを巻き付けて、パパが入っているお風呂に入っていく。タオルにボディソープを付けて、背中を擦る。最初は恐る恐るだったけれど、少しずつ力を入れて洗ってあげられるようになった。


「無理してないか?」

「ううん。ごめんね……、上手じゃないでしょ?」

「いや、気持ちいいから続けてくれないか」


 一通り、上から下までタオルで丁寧に洗い、シャワーで洗い流す。


「パパ、ここにいてもいい?」

「いいけど、風邪を引かないように着替えておいで?」

「はぁい」


 脱衣所で着替えていると、髪を洗っているであろう気配がした。明日は、髪の毛も洗ってあげたい。そう思っているとパパがバスタブに入った様子なのを感じて声をかけた。


「パパ、開けても平気?」

「大丈夫だよ」


 再び浴室の扉を開け中に入る。


「満足できたか?」

「うん。なんてことないことだったのにね……。ねぇパパ……?」

「なんだ?」


 恥ずかしいけど……、他人じゃない。よつ葉のパパだもん、思いきって話してみる。


「あのね……、パパさえよければ……なんだけどね……、明日から一緒にお風呂に入ってもいい?」


 よつ葉を見つめそっと首を縦に振ったパパ。


「よつ葉がそうしたいと言うなら、パパは構わないよ」

「うん。じゃぁ、明日からそうするね」


「そうだよつ葉!」

「うん?」


 何か重要な事なんだろうか。パパの表情が堅い気がした。


「この家にはお客さんを想定していなかったから、布団が1セットしかない。このあとに買ってくることもできるけど、よつ葉はどうしたい?」


 なんだ、そんなことだったのか。その答えはもう決めている。例え二組あってもパパのお布団で一緒に眠りたい。幼い頃、パパに背中をポンポンしてもらうのが大好きだった。もう記憶の彼方にしまわれていたはずなのに、最近はそんなことを思い出す日が多くなっていた。


「パパと一緒に寝るから、お布団は一組でいいの」

「そっか。じゃぁ、敷いておいてくれるか?」

「うん。先に入って温めておくね」


 そう伝え、お風呂場を出てパパをお布団の中で待つことにした。

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