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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
24/71

24話


 パパに連れてこられたのは、郊外のアウトレットモールだった。



「パパ、ここで何を買うの?」

「何を寝ぼけてるんだ。よつ葉の物を買うに決まってるだろ?」

「へっ?」

「なかなか、好きなもの買えなかったんだろ?」

「うん……」


 俯いてしまうよつ葉にパパは、『何も言わなくても分かっている』そう言っているようなパパの気持ちが伝わってきた。でも、本当ならよつ葉が看護しなきゃならない状態のパパに甘えても良いの?



 普段から学校の授業や病院の実習が終わると、近所のショッピングモールのフードコートの一角で課題を片付けていた。生活費を押さえていたから。食費はこのくらいの歳の女性として栄養的にもまずいってわかっているけれど、極限まで削っていた。実習だけでも費用がかかるし、看護師国家試験対策の講座にも学校の授業料とは別にかかる。教科書となるのは専門書だから一般書籍とは違って決して安くはない。でも買わないわけにはいかない。

 母親からは看護師になることを猛反対されていたから、学費も出してもらえない。学業考慮の奨学金制度を無利子で使わせてもらっているのがよつ葉の経済状況。

 ここでもしアルバイトをしてしまうと、利子をつけて返済しなければならないから、本当にギリギリで生活していた。みんなが新しい服を入手したなんてお話をするたび、顔では笑っていたけど、心の中では、『よつ葉にはとても買えない……。素直に喜んであげられなくてごめんね。』って思っていた。よつ葉の部屋に帰ってきて、通帳を見ながら泣いていたことも数えきれない。


 もしかしてパパはその事を知っているのだろうか? そう、だって外出前パパに、


「よつ葉、財布の中に現金は入れないように」


 そう言われていたんだもの。パパの前でお金を封筒に入れて、パパはそれを引き出しにしまった。病院に戻る日に返すよって。



「あの……、パパ……」

「うん?」

「パパはよつ葉にどんな服着てほしい? こういうの、よつ葉あんまり似合わないかもしれない」

 ショーウィンドウに飾られている眩しいくらいキラキラしている流行りの服を指さして、パパに伝えた。


「よつ葉、予算のことは今日は何も言わない。流行も関係ない。よつ葉が好きなもの、気に入ったものを選びなさい」


 パパにそう言われて店内に足を踏み入れた。わぁ、可愛い。表に近いものは流行っているもので……。でも……、よつ葉ではとても着られない。奥に進むといつもの服にも合わせやすそうなコーナーを見つけた。


 どれも可愛い。


「気に入ったのあったか?」

「うん、いつも黒っぽいのが多いから、変えてみようとは思うけど、なんかイメージ変えるのも難しいね……」

「よつ葉、スカートの色、これはどうだ?」



 パパが選んでくれたのは、黒白のモノトーンではなく、濃紺とチャコールグレー、アクセントにエンジの細いラインが入ったチェック。そしてアイボリーホワイトのニット。試しに並べて合わせてみたり試着もしてみると、落ち着いたコントラストで、よつ葉が新しく生まれ変わったようにも見える。『この鏡のなかの女の子、本当によつ葉なの?』思わず姿見を見てそう思ってしまったほど。


 パパが選んでくれたもの。どっちにしようか迷ってしまう。でも値札をみると躊躇ってしまう。


「パパ……。でも二つ同時は高いよ?」

「次はコートとマフラー選ぶぞ。どの色がいい?」

「へっ!?」

「それだけ長く着ていたんだ。よつ葉なら次に買っても長く大切に着てくれるだろう?」


 パパがどんどん決めていく。どうしていいかわからない。パパはどのコーディネートにも合わせやすいと、ミディアムグレーのコートを選び、次にマフラーを選ぼうとしていた。いいの、パパ大丈夫。マフラーはパパに買ってもらった大切にしているマフラーがある。だから、首を横に振って意思表示をした。


「よつ葉?」

「マフラーはこの間買ってもらったよ。よつ葉の宝物……。だから、今はこれでいい」


 巻いているピンクのマフラーをそっと指さしてパパに伝える。あれから毎日使っている。パパの愛に包まれているような気がしていた。どんなに寒くても、これがあれば心の中から温まってきて、その温もりに溺れてしまえる。


「わかった。じゃぁ、このお店ではこれで終わりでいいかな?」

「うん……。でも、お会計……」


 ニットにスカート、しかもコートまで選んでいる。さっき値札を見てしまった。よつ葉一人のお買い物では絶対に手を出せない。


「パパ……」


「よし、次は靴だな」

「へっ? ちょっとパパ……」


 パパは、洋服の入ったバックを店員さんから受け取り、婦人靴の店を目指してどんどん歩いていく。そんなパパの後ろを着いていくことしかできない。


 パパは、よつ葉の履いている靴を見て


「よつ葉、この辺のデザインが好きなのか?」

「まだ大丈夫だよ。履けるんだから」

「おしゃれは足元からって言うだろ? もちろん今のそれは処分するんじゃない。雨の日とかにはこれまでのを使えばいいんだから」


そんなときに見つけてしまった一足のブーツ。履いてみたい。でも……


「パパ……、よつ葉もこういうの履いていいのかな……」

「気に入ったなら履いてみてごらん?」

「うん……」


 サイズ的には履けるはず。でもメーカーなどにより若干違いがある。パパに勧められ履いてみることに。数歩歩いて感触を確かめる。問題ない。これが欲しいという感情が芽生えた。でもパパに負担をかけるわけにいかない。葛藤が心を支配している。

 ついに……、よつ葉の心のなかのシーソーがガタンと音を立てた。

 パパに甘えてみたい。その思いから……とうとう言ってしまった。




「パパ……。これ……、買ってもいい……?」



 ブーツを胸元に両手で抱えて、小さな声でパパに聞いていた。


「よつ葉……。もちろん。レジに持って行けるか?」

「うん。パパありがとう……」


 パパが嬉しそうな顔をしているのを見て、わがままを言ってしまったこと、たくさんお金を使わせてしまったことを申し訳なく思っていたのが少しだけ和らいだ気がした。


 パパが会計をしてくれて、丁寧に紙でくるんでもらい、もとの箱に納めた状態で袋詰めされたものを受けとるとパパが声をかけてくれた。


「よつ葉、自分で持って帰れるか?」

「うん。パパ、ありがと……」

「よかったな。気に入ったのがあって」

「うん」


 紙袋を両手で抱え、うなずいた。


 そのあとも、いくつか必要なものをパパに買ってもらい、両手に袋をいくつもぶら下げて、ふたりでパパのお部屋に戻った。澄んだスカイブルーの夕焼けに一番星が輝いていた光景。

 絶対に忘れない。よつ葉の心にパパに愛されているという感情を実感させたんだもの。


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