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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
23/71

23話

 よつ葉を連れて到着したのは、郊外のアウトレットモールだった。


 実は、よつ葉の私服や靴のブランドを舞花さんに頼んで教わっていた。

 それをメモしておいて調べていくと、都市部のビル街を回るよりも、こちらの方が扱いの種類も多いことがわかった。昼食の場所もわざわざ探す必要もない。


「パパ、ここで何を買うの?」

「何を寝ぼけてるんだ。よつ葉の物を買うに決まってるだろ?」

「へっ?」

 舞花さんに教えてもらっていた名前のお店の前に連れていく。

「なかなか、好きなもの買えなかったんだろ?」

「うん……」


 黙って俯いてしまうよつ葉。言わなくても分かっている。


 河西看護師長さんからも聞いていたし、あの病室での三者面談のあとに、よつ葉を担当してくれている佐々木教授から頂いた手紙で、よつ葉の一人暮らしの生活や経済状況も少しずつ垣間見えてきた。

 学校の授業や病院の実習が終わると、近所のショッピングモールのフードコートの一角で課題を片付ける。そうすれば部屋の光熱費を少しでも押さえられること。

 そして時間が来ると、併設スーパーのお総菜売り場で値引きシールの貼られたものから買って帰る生活。

 実習だけでも費用がかかるし、看護師国家試験対策の講座にも学校の授業料とは別にかかる。教科書となる専門書だって一般書籍とは違って決して安くはない。

 また、アルバイトをしてしまうと、奨学金に利子をつけて返さなければならないから、それをさせないために、本当にギリギリで生活しているのだと知った。


 だから、今日の外出でよつ葉には財布の中に現金は入れないように言ってきた。往復の電車賃から始まって、今回の外出中の費用は全部自分で持つ。




「あの……、パパ……」

「うん?」

「パパはよつ葉にどんな服着てほしい? こういうの、よつ葉あんまり似合わないかもしれない」

 ショーウィンドウに飾られているものを指さして、申し訳なそうにしている。

 今どきの女子大生としては、今日の服装も本当におとなしすぎるくらいだ。

「よつ葉、予算のことは今日は何も言わない。流行も関係ない。よつ葉が好きなもの、気に入ったものを選びなさい」


 もちろん、そうは言っても急に服の嗜好が変わるわけでないだろう。自分が気に入ったものを値札を見て諦めるのではなく、「これが欲しい」と言ってもらえれば十分なのだから。


 一緒に店内に入ってみると、こんな思いをしたのはもうなん十年ぶりだろう。よつ葉はもちろん、姉のふた葉さえも生まれていなかった。

 もっとも、あの当時はこういったアウトレットというものもなかったと思う。


 店内用のバスケットを手にして、よつ葉の後をついていくと、向かっていったのは、表に近い流行りものコーナーではなくて、奥にあるスタンダードなものを扱うコーナーでいくつかの服を広げている。


「気に入ったのあったか?」

「うん、いつも黒っぽいのが多いから、変えてみようとは思うけど、なんかイメージ変えるのも難しいね……」


 今日も、よつ葉は黒とグレーのチェックのスカートに、黒のニット。

 確かに黒は細身には見える。でも、どうしても似たような服が多いという。


「よつ葉、スカートの色、これはどうだ?」

 黒白のモノトーンではなく、濃紺とチャコールグレー、アクセントにエンジの細いラインが入ったチェック。

 選んだニットは逆によつ葉が持っていないアイボリーホワイト。試しに合わせてみると、落ち着いたコントラストながら若々しく見える。


「パパ……。でも二つ同時は高いよ?」

「次はコートとマフラー選ぶぞ。どの色がいい?」

「へっ!?」


 もちろん、よつ葉の好みは舞花さんがチェックしてくれていたから、そのモデルがここにあることも調べてある。


「それだけ長く着ていたんだ。よつ葉なら次に買っても長く大切に着てくれるだろう?」


 今日の服にも、新しく選んだ服にも似合うように。こちらはミディアムグレーを選ぶ。


 最後にマフラーを選ぼうとしたときに、よつ葉が首を横に振った。


「よつ葉?」

「マフラーはこの間買ってもらったよ。よつ葉の宝物……。だから、今はこれでいい」


 巻いているピンクのマフラーをそっと指さしてくれた。

 あの数時間の外出の日。スーパーの衣料品コーナーで、間に合わせにと買ったものだったのに、よつ葉は毎日首に巻いてくれているのだと。


「わかった。じゃぁ、このお店ではこれで終わりでいいかな?」

「うん……。でも、お会計……」


 コートも追加したことで、レジの会計は5桁に達した。とは言っても、本当に大した額ではない。


「パパ……」


「よし、次は靴だな」

「へっ? ちょっとパパ……」


 分かっている。ちょっと強引かもしれない。洋服の入ったバックを店員から受け取り、婦人靴の店を目指していく。そんな俺の後ろをよつ葉はおとなしくついてきてくれた。


 この辺は、舞花さん情報ではなく、談話室に置いてある雑誌から学習してきた。

 よつ葉が好んで今日も履いているのは、ファーの付いた比較的ヒールもしっかりしているショートブーツ。


 でも、よくよく見てみると、毎日履き込まれてくたびれてしまっているようにも見える。


「よつ葉、この辺のデザインが好きなのか?」

 さすがにクリスマス直前ということもあって、冬物が特価で並んでいる。


「まだ大丈夫だよ。履けるんだから」

「おしゃれは足元からって言うだろ? もちろん今のそれは処分するんじゃない。雨の日とかにはこれまでのを使えばいいんだから」


「パパ……、よつ葉もこういうの履いていいのかな……」

 初めてだ。基本的なデザインは今のものを踏襲している。でも、ファーを留めておくベルト部分にシルバーのリボンをモチーフにした金具が上品にデザインされているものを選んだ。まだ20代の女の子。可愛いものを身に付けたいという思いがあって当然のこと。


「気に入ったなら履いてみてごらん?」

「うん……」

 人気もあるらしく、札にはラスト1足と書いてあったけれど、サイズはどうだ?

 色は今と同じ黒だから冒険もしていないし、一番合わせやすいだろう。とにかくこの子が自分で欲しいと手にとったもの。頼むから収まってくれ……。


 靴は大きさやデザインだけではなくフィット感も大事だから、値段やサイズが合えばいいというものではない。学校の頃の上履きを選んでいるのとはわけが違う。


 俺の心配をよそに、よつ葉は両足に自分で選んだショートブーツを履いてみているようだったし、数歩歩きながら感触を確かめている。


「パパ……。これ……、買ってもいい……?」


 丁寧に元に戻してから、そのブーツを胸元に両手で抱えて、小さな声で聞いてきた。


「よつ葉……。もちろん。レジに持って行けるか?」

「うん。パパありがとう……」


 そう、この仕草と言葉を聞ければ今日は満足なんだ。

 これがやりたかったし、経験させてやりたかった。


 これまで自分のお洒落すら満足に出来なくて我慢していた。

 さっきの服を選んだときだって、つい癖で値札を最初に見ていたことも気がついていた。

 だから、気に入った様子のものは、迷う前にすぐにバスケットに納めて、短時間で会計まで済ませてしまった。


 自分で選んだものを買ってもらえるという経験。甘えさせているという批判があるかもしれない。でも、幼い頃にそれを十分ににさせてあげられなかったのだから。


 よつ葉はその事に気づいているのだろうか……。


 会計を済ませて、丁寧に紙でくるんでもらい、もとの箱に納めた状態で袋詰めされたものを受けとる。


「よつ葉、自分で持って帰れるか?」

「うん。パパ、ありがと……」

「よかったな。気に入ったのがあって」

「うん」


 紙袋を両手で抱え、嬉しそうに頷くよつ葉。そう、この表情が十数年ぶりに見たかったんだ。


 そのあとも、いくつかよつ葉が必要なものを購入して、両手に袋をいくつもぶら下げて、ふたりで俺の部屋に戻ったのは、清んだスカイブルーの夕焼けに一番星が輝き始めた時間だった。

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