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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
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22話


 翌朝、まだ暗いうちに、河西看護師長さんが約束通りにそっと起こしに来てくれた。


「おはようございます。支度が終わったらナースコール押してくださいね。正面玄関は閉まっていますから、夜間口まで案内します」


 前日と同じようにパパがお布団を被っている間に、よつ葉が着替える。そして次にパパが着替えて、ふたりで外出の用意をする。


「準備いいか?」

「うん、パパは大丈夫?」


 うなずくとパパがナースコールを押す、河西看護師長さんがすぐに来てくれた。


「菜須さん、これ、小林さんの記録簿とお薬。大丈夫だと思うけど、お願いね」


 預かったファイルを鞄の中に入れるが、自分の今の状態でひとりで看護ができるとは思えないけど、とにかく無理だけはさせないようにしようと心がける事を誓う。そして3人で病室を出る。

 そして、一般のエレベーターではなく、手術室フロアにも停まる業務用に乗って夜間口がある1階まで降りていく。

 これはパパも想定してなかったみたい。河西看護師長の配慮にはただ感謝するしかない。



「なんか、雰囲気的に病院を脱走しているみたいだなぁ?」


「本当に脱走だったら全力で止めますよ。これは菜須さんにとってもいい経験になるでしょう。在宅看護の実習ですからね。お二人ならきちんと戻ってくること分かってますから」


 河西看護師長やパパたちのサプライズな計画。まだ嬉しいと言うよりも、何が起こっているのか分からず流されているような感覚が強くて実感が湧かなかった。夜間口から出たところに、河西看護師長さんが手続きしてくれていてタクシーまで待機していたのには驚いた。それすらも、さすが看護師長だなぁとぼんやりと感じていた。


「菜須さん、小林さんを4日間お願いします。そして、あなたも元気になって戻ってきてね」

「はい。ありがとうございます」



 タクシーを出してもらい、まずはよつ葉の部屋に向かうことになった。パパが気を使ってくれての判断だと思う。シャワーも浴びずに着替えたあとにすぐ寝てしまったからだ。湿布は寝たあとパパが貼り替えてくれていた。そんな経緯からだと思う。


 でも、昨日のあの事件がなかったら、こんなに長い期間じゃなかったんだ。

 あの瞬間、一度はもういいかなとも諦めかけてしまったよつ葉。でも、周りはそうじゃなかった。


 昨日の夜、寝る前に聞いた。河西看護師長が走ってパパを迎えに来たんだと。


 実習を一緒にしていて、河西看護師長が走るというシーンを見たことがない。しかも病棟という場所。本来は看護師が廊下を走るなんて、安全のことを考えればしてはいけないことなのに。


 そして、天野先生との判断も普通はあり得ない。パパは患者さんで、よつ葉は看護を学ぶ学生。パパの症状がいくら安定しているからとか、よつ葉が春からこの病院で勤める予定とはいえ、まだ看護師になった訳じゃない素人なのに。この二人だけという環境で4日間もの外出許可どころか、よつ葉のリハビリをパパにお願いするなんて、立場が逆転しているんだもの。どれだけリスクを抱えているか。それでもよつ葉をパパに預けてくれた。

 



 アパート前に到着してタクシーを降りて、建物の中へ案内しながら入っていく。


「このお部屋」


 ドアを開けて、部屋に入りパパも部屋に入ってもらう。


「お邪魔するよ」


 パパが、そう言って入ってくる。


 「よつ葉、お風呂とか、お化粧とか、見られたくないものは済ませてきちゃえ。俺はここでじっとしてるから」

「うん、分かった」


 パパにそう言われ、ケースから必要なものを取りだし浴室へ向かう。この時に、部屋の中の状態の事をすっかり忘れていた。洗濯物も干しっぱなし、テキストも開いたまま、普段の生活をそのままパパに見せていた。。


 シャワーを浴び、全身を綺麗に洗う。パパを待たせてはいけないと思いつつも、パパには可愛いところを見てほしいという気持ちもある。


 シャワーを終えて、手早く身支度をしてパパの元へ向かう。


「パパお待たせ」


 可愛く見てほしいと思って選んだのは、ライトグレーのニットに、黒チェックのスカート、黒い厚めのタイツにした。変にいじるよりも、普段のよつ葉でいいかなと思ったから。


「どう? 目立たなくなってきたでしょう? それにあのもらったマフラーしていくから」


 パパに安心して欲しくて首についてしまった痣を見せる。処置も早かったので大分薄くはなっている。それでもそこだけは念のためにお化粧で誤魔化すことにした。そしてパパがよつ葉にどちらか選択させてくれる。


「よし、よつ葉。今夜からなんだけど、この部屋に戻るか? それとも俺の部屋に泊まるか?」


 これには即答できる。


「もちろん決まってる。パパのお部屋に行く!」

「そうか。それじゃぁ、着替えの用意を持って行こうか」


 小さなキャリーケースに、最低限の荷物を積めた。それからパパのお部屋でお洗濯をさせてもらおうと昨日からの服と実習服を袋にいれて持っていくことにした。パパの洗濯物も一緒にしてしまおうと考えていた。そして、忘れないように預かっていたパパの薬とカルテもキチンと持っていく。



「パパのところで洗濯機使わせてね。」

「よつ葉が使いたいなら好きにしていいぞ」

「じゃあ、パパのも一緒にお洗濯しちゃうね」

「分けなくてもいいのか?」

「え? なんでぇ? パパのだもん……。あぁ、よつ葉は自分のだけ分けるなんてしないよ?」

 一瞬、なぜそんなことを聞くのかと思ったとき、小児科で年長者の女の子が言っていたっけ。お父さんとは洗濯物を分けるとか。しかも理由が臭いが移るからとか言ってたな。

 でも、よつ葉にはそんな必要ない。だって、その匂いに包まれていたいんだもの。



 その返事を聞き、ふたりでよつ葉の部屋を出て、パパの部屋へ向かって歩き出した。


 天気が良くて、歩いていける距離だと知った。


 こんな近くに住んでいたんだ……。

 やっぱりこの病院を就職先に選んだのは間違いではなかった。もしかして会えるかも知れないと思って選んだ病院だった。


 今まで、何処かですれ違っていたかも知れない。そんなことを、ふと想像していた。そんなことを思っているとあっという間にパパのお部屋の前に来ていた。


 以前、ふたりで来たパパの部屋に着いて、パパとよつ葉の荷物を置くとパパが今日の予定を話し始めた。


「よつ葉、今日は付き合ってもらうよ?」

「うん。どこにでも行くから大丈夫。お薬だけお昼と夜の分持っていくね」


 よつ葉のかばんにお昼の分と夜の分のパパの薬を大切にしまって、出かける準備を整える。


 玄関の鍵を閉めて、パパと駅へと歩きだした。いったい、何処へ行くつもりなんだろう?

 何も聞かされていないけどパパとふたりでお出掛けができることが単純と思われるかもしれないけど嬉しい。


 パパのペースに引きずられ困惑したり嬉しかったり。普段慣れていない事の連続。

 でも……、授業でしか習ったことのない、『無償の愛』という言葉の意味を初めて少しだけ理解できたような気がした。


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