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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
20/71

20話

幅広く学生の間に色々と経験を積ませてもらえている延長申請した病院実習。


「菜須さん、今日は精神科病棟の実習を組んであるから朝の看護師回診の後は精神科病棟に行ってくださいね」


河西看護師長に告げられた今日の予定。


「……はい」


パパの傍を離れたくない気持ちが、返事に乗ってしまう。河西看護師長も分かっているみたいで、そっと囁いてくれた。


「小林さんなら大丈夫よ。急変の心配は無いから。何かあったら直ぐにコールするからしっかり学んでらっしゃい」


「はい」


こちらでの実習を全て終えて精神科病棟のナースステーションに向かう。連絡を受けていたであろう精神科病棟の看護師長が待ってくれていた。


「菜須さんかしら?」

「はい。よろしくお願いします」

「看護師長の水野です。河西から託されたのよ。1日指導させてもらうわね」


水野看護師長との挨拶のあと、ナースステーションで紹介され担当患者様の看護記録を手渡され確認をする。


午前中には穏やかにされていた。看護学生ということで色々聞かれた。


「看護師目指したのどうして?」

「幼少期に外来通院時、看護師の方に優しく接していただいた経験や姉の入院時、看護師の方が病室に訪室した際姉の不安そうな様子を見て声かけをして不安を軽減させていた姿に私もそうなりたいと思ったんですよ」

「できてるわよ。私楽しくさせてもらってるもの」

「ありがとうございます」


ここでもキチンと実習をさせていただいていると気を緩めていたのかも知れない。締めくくりであんなことが起こるなんて……。


「菜須さん、夕食後の配薬に行きましょうか」

「はい」


用意しておいた夜の分の薬を持ち、水野看護師長と病室に向かった。


「お薬の時間ですよ。お水取りましょうか?」

「……」


いきなりベッドを降りて、こちらに向かってきました。そして両手で思いっきり首を絞めてきました。


旦那ひろくんを返しなさいよ! 泥棒猫!! メス豚!」


ますます首を絞める手に力が入る。相手が患者様なので払い除けることもできない。それよりも本当に怖くて、体が動かない。


『このまま死んじゃうかもしれない……』


これまでいろいろな経験をしたけど、こう思ったのは初めて。

でも、それでもいいか……。よつ葉はこの家にいらないって追い出されたんだもの。あの家によつ葉のお部屋はもうない。


でもそのときに思い出したの。ここによつ葉のことを思ってくれる人のことを……。


『パパ……』


そう、この病院のあの病室。よつ葉の帰りを待っていてくれる人がいる。

あそこに帰りたい……。


『パパ……。まだ死にたくない……。パパにもっと甘えてたいのに……』



「菜須さん、しっかりして!」


看護師長の水野看護師がナースコールで応援を呼びながら、よつ葉を助けてくれる。応援に飛び込んできた医師と看護師により苦しかった状態が解放されたけれど、人生で味わったことのない恐怖に息が乱れ過呼吸を起こしていた。意識は朦朧としていて、はっきりと何が起きたのかは分からなかったけれど、絶えず声が聞こえていた。どれだけの時が流れたのだろう、いつもの聞きなれた声がした。


「先生、小林さんをお連れしました」

「よつ葉、どうしたっ!?」


パパ? パパの声が聞こえた気がした。


「パパ……」

「よつ葉、いい。いまはしゃべるな……」


 大好きなパパの声に安心できた。そしてしばらくして看護師長とパパとの話し声が聞こえてきてぼんやり聞いていた。

 パパの声を聞いただけなのに一筋涙がこぼれる。いけない、病室で泣かないって決めていたのに。涙を手で拭おうとして、点滴の管が取り付けられていることにようやく気づいた。


「突然でした。菜須さんの首を手で絞め始めてしまったのです」

「そうでしたか……」

「申し訳ありません。完全な病院側の医療事故です。大学には連絡しました。事象としては傷害事件でもあります。この先の判断は小林さんのご意向も伺わねばと思いまして」

「そうですか……。よつ葉はこのままでも大丈夫なんでしょうか?」


「いまは、少し朦朧としていますが、薬が切れれば話せるようになります」

「そうですか……」


そっか。この点滴、過呼吸を押さえるために鎮静剤が入ってるんだ。だからこんなにぼんやりしてるのね……。


「ここは、よつ葉と話させてください」

「わかりました。私たちは一度離れます。菜須さんとお話ができるようになったらまた呼んでいただけますか?」


 天野先生と看護師長が処置室を後にしたのがわかった。そしてパパが近くに来てくれた。


「よつ葉、俺がこんなに近くにいながら……」

「パパ……。仕方ないことだよ……」


 パパに心配をかけないように笑顔を見せようと今できる範囲の精一杯で微笑んでみた。そしたらパパがよつ葉の手を握ってくれた。


「さっきの聞こえてたんだろ? お前はどうしたい?」

「ここは病院だもん、こういうことはどこかで起きる。あの患者さんには今度から正看護師でも二人体制で行くって話してた……」


「そうか……。その首の痕がしばらく残っちゃうな……」

「今は冬だし、タートルネックとか、お化粧品で誤魔化せるから大丈夫だよ。もう痛みもない」


「よかった……。とにかくおまえが無事で……」


パパの気持ちを知り、泣きそうになるのを我慢する。心配をかけてしまったこと、よつ葉にも心配をしてくれる家族がいたことに感極まっていた。




 点滴が落ち終わったのをパパが気付き、ナースコールを押して、処置をお願いしてくれた。


 河西看護師長と天野先生がきてくれた。


「菜須さん、大丈夫ですか?」

「はい……。ご心配おかけしてすみません」

「いや、これは完全に医療事故です。菜須さんに非は一切ありません。必要であれば心療内科を受診しても構いませんから」


 そのあと、天野先生はパパに話しかけた。


「小林さん、私と河西さんで相談をしたのですが、菜須さんをここで一度休ませてあげたいと思います。先日の怪我の件もあります。我々としても、来年から来ていただく方にこれ以上の負担は考えられない。当初は1泊予定でしたが、3泊4日にしても構いませんか?」


「大丈夫なんですか?」

「小林さんの看護は菜須さんでも十分にできます。どちらかと言えば、菜須さんを、『お父様』の力で癒してあげてほしいのです。お願いできませんでしょうか? 学校の方にはすでに報告も送ってありますし、許可もいただいています」


「分かりました。娘のことですからそこはお任せいただければ。明日の朝からということでしょうか? 」


「はい。今夜は様子見ということで、病院にてお休みいただいて、明日からと考えています。河西さん、小林さんのお部屋にベットもう1つ入りますよね?」

「かなり狭くなりますが、大丈夫です」

「では、それでいきましょう。部屋の準備をお願いします」




 ゆっくりと暗くなった廊下をパパとふたり並んで歩いて戻る。その時、パパから打ち明けられたサプライズ。



「突然だけど、明日から二人で外泊だってさ。本当はクリスマスの1泊と頼んでいたんだけどさ」


 パパから打ち明けられたよつ葉への……大切な時間。それをプレゼントにしようと考えていてくれたなんて……。


「もう。そんなこと考えていたのね……。ごめんね、よつ葉のために……」


「おまえに辛い思いをさせた罪滅ぼしのほんの一部だ。時間も増えたし、考えていたことを絞る必要がなくなった」


 病室に戻ると、ベッドが並べてあった。そしてよつ葉の私服もロッカーから出してくれていた。


河西看護師長がいて要点だけを伝え、明日のことを決めてくださった。


「今夜は、湿布だけはシャワーのあとに貼って寝てくださいね。そのくらいなら、お父様に貼ってもらっても構わないから」


「はい。ありがとうございます」

「明日から、甘えていらっしゃい。菜須さんが元気になってくれればそれでいいわ」


 河西看護師長が二人分の食事を持ってきてくれた。

「喉、食べられる? 痛くない?」

「はい。もう落ち着きました」



「明日、どうしますか? 周りのみなさんが起きてからだと行きにくいというなら、早朝にお声がけしますよ?」


 河西看護師長の気遣いが嬉しかった。そしてパパが迷うよつ葉の代わりに話を進めてくれる。


「どうしよう?」

「一度、うちか……よつ葉の部屋で整えてから出かけるか。それなら早い方がいい」

「分かりました。では当直の時間中にお声がけします」


 来客用の椅子やテーブルは片付けてしまったので、ベッドのサイドテーブルで並んで座りながら食事をとる。そして言われていたとおりにナースコールを押すと、河西看護師長が引き上げに来てくれた。


「もう、実習服は脱いでしまっていいわよ。あとはゆっくりしていて。今日の実習報告は私の方で書いておきますから、気を抜いてリラックスしていいからね」

 患者と同じリネンのパジャマでごめんねとよつ葉のために持ってきてくれた。


 二人きりになって、外がもう真っ暗になっていたことに今さら気づく。


「パパ、イルミネーションついてるよ」

「ほんとだ。よつ葉に教わってから毎晩楽しみにしてたよ」


 窓際に二人並んでそれを見下ろす。そしてあることに気づいた。そんなよつ葉の行動にパパが気がついて声をかけてくれた。


「どうした?」

「このお部屋って、ベッド周りのカーテンなかったんだね」

「個室だもんなぁ。確かに見たことないな。どうした?」


 話さないと先に進めないので小さな声で……

「あのね、お着替えするときにみんなパパに見られちゃうよ……?」

「あぁ、そうか! 布団被って反対向いてるから、その間にでもいいか?」

「ごめんね」


 パパは布団を頭まで被って、ベッドに横になってくれた。

 窓際のカーテンを閉めて、素早く着替えた。


「終わったよ。ありがとう」

 声をかけると、パパは被っていた布団をどけてよつ葉を見てくれた。照れ臭くて思わず


「えへ、お揃い?」

「なかなかない体験だろ? 患者体験とか、実習でやってると思うけど」


 時計を見ると、もうすぐ消灯時間になる。

 用意してもらったベッドに横になって、パパが明かりを消す。横にパパがいてくれる安心感は想像以上に大きいものだった。


「パパ……。きょう、来てくれてありがとう……」

「ん? 河西さんが教えてくれたんだよ」

「もう、何が起きたのか分からなくて、動転しちゃって……。でもね、パパが『よつ葉!』って呼んでくれたときに、それだけは分かったの。来てくれたんだって……。あとは安心できた」

 そう正直に心のうちを話すとパパは手を横に伸ばして、よつ葉の手を握ってくれた。そして


「もう安心しろ。このまま握っている。疲れてるだろうから休むんだよ」


そう言ってくれた。これがひとりだったら、きっと首を絞められてるのを思いだしながら夜を過ごして、場合によっては過呼吸を起こしていただろうと思う。でも、パパが寄り添っていてくれるだけで安心感が伝わりパパの愛情でよつ葉の心を包んでくれているのがわかる。だから素直に


「はい。おやすみパパ」

「おやすみ、よつ葉」


 パパの優しさ強さに包まれて眠りにつくことができた。

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