2話
ナースステーションで朝の引き継ぎが行われる時間が近づき看護師さんがぞくぞくと集まってきた。そのなかで、看護師長の河西看護師長から声がかけられた。
「統合看護実習を終えた菜須さんですが、☆☆大学の看護学部長さんと大学の学長さんの依頼により看護部長と病院長の許可を得て、このまま臨床現場でもうしばらく学んでもらうことになりました。指導看護師は今まで通り島看護師で小林さんの担当をしてもらいます。皆さんよろしくお願いします。それでは菜須さんから一言どうぞ」
河西看護師長から突然ふられたよつ葉ですが
「大学へ提出していた実習延長申請の許可が出ましたので、もう少し勉強させていただきたいと思っています。皆様、ご指導よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「お手伝いよろしくね」
「延長申請しなくたって、これから嫌と言うほど働けるのに」
「私が菜須さんのかわりに休みくださーーい」
あちらこちらで歓迎の言葉で迎えてくれました。
午前中の回診や検査出しの付き添いなど指導看護師に指示されひとつづつ確実に行っていく。
本当に最初に実習に来たときは、こういう動作や言葉一つ一つも緊張しながら行っていた。
今は緊張はきちんとしながらも、確実にやっていける。
「菜須さん、お昼にして良いわよ」
指導看護師さんに伝えられる。
「ありがとうございます。休憩いただきます」
「しっかり食べておいで」
お弁当を持ち、学生控え室でとることにした。時間帯がバラバラなのでガランとしていた。
ここでもひとりでご飯かぁ……。
中には毎日、病院の売店で買ってしまう学生も見かけたけれど、よつ葉はそうもいかない事情もあって、毎日お弁当を持ってくることにしている。
お弁当をサッと済ませ、実習記録に目を通しペンを走らせる。
以前の実習のときにはいらっしゃらなかった新しい患者さまもいれば、あのときから変わらないお名前もあった。
そして、その後者のなかに、忘れられない名前があるのも確認できた。
休憩を終えてナースステーションに戻り、ラウンドに出ることを伝えてナースステーションを出て談話室に向かった。きっとここにいると思ったから。
昼下がりの入院病棟。
よつ葉の会いたいと思っていた人は談話室でぼんやりと外を見ていた。そんなとき入院歴が長い舞花さんが話しかけてくれた。
そう、この方もよつ葉が実習に入ったときからの長期入院。患者さまの視点でもいろいろと教えてくださった人だ。
「えー、そうか、よつ葉ちゃんもうすぐ終わりなんだ。すっかり見慣れて馴染んでたのに?」
「はい。そうなんです。本当は統合実習で終わりだったのですが、実習延長申請の許可が出たのでお世話になっています」
少し会話を楽しんで、舞花さんを病室に送っていった。そしてバイタルチェックをして看護記録に記入してもう一度、談話室へ戻り目的の人に会いに行く。
「小林さん、そろそろお部屋に戻りましょうか?」
そう、よつ葉はこの人のために戻ってくることを決意したの。よつ葉の統合実習が終わるときに、無事に終わると喜んでくれたけど、よつ葉が終えてから一人にはしたくないって。なにか方法はないかって、いまの延長を申し出た。
「そうですね」
「立てます?」
「大丈夫ですよ」
病室まで手を引いてゆっくりふたりで歩く。
「いつも悪いね」
「いいえ……。遅くなってごめんなさい」
そのままナースステーションの目の前にある個室のドアを開けて中に入る。
「この部屋を使うことに反対する人はいないの?」
分かってくれているんだ。よつ葉が戻ってきたことに、外では見せないような嬉しそうな表情が見える。
「ううん。特に規定がなくて、主に担当する看護師が認めれば使用するってことだけだから」
「それは、よつ葉が俺には個室じゃなきゃダメって言ってるんじゃないのか?」
「だって、複数病室に移動したらこういう会話できなくなっちゃうもの……」
そうだよ。個室だからこんな会話もできるんだよね。複数病室じゃ当たり前の会話しかできないもの。
「まだ学生の身分なんだし、あまり迷惑かけるんじゃないぞ?」
そう言っているパパだって顔に出てるもの。こんな顔は談話室では見られない。
「うん。もし重い患者さんが来たらお願いするかもしれないから」
話しながらでも検温をして、看護学生としての仕事はキッチリと行う。夕食の配膳の事が心配になりパパに確認しておく。
「お食事は自分で取りに行けますか?」
「大丈夫ですよ」
「分かりました。それでは失礼します」
「お疲れさま」
ドアを開けながら振り向き、パパに気づかれないように
『パパ、おやすみなさい』
そう呟いて病室を出てナースステーションへ戻り看護記録に記入を済ませ今日の実習を終える。
よつ葉の延長実習はこうして幕を開けた。