18話
パパの朝の回診が終わって、特に問題もなし。服薬も問題なしとの診察。
そのまま、よつ葉は回診の見学に同行し、実習もきちんとこなしていく。全ての回診が終わり河西看護師長から
「さぁ、着替えて小林さんの外出の付き添いをお願いします。今日は在宅看護臨床にしておきます。しっかり学んできなさい」
と伝えてくださいました。そして小さな声で
「ちゃんと甘えてきなさい」
そう言って笑顔を見せてくださいました。
「はい。ありがとうございます」
更衣室へ向かい着替えてパパの病室に入るといつでも外出できる準備をして待っていてくれるパパがいた。
「お待たせしました」
パパとふたり並んで病院玄関口に向かって歩く。正面玄関を出たところでパパがよつ葉に声をかける。
「暖かいとはいえ、タクシーでいくか」
「そもそも、最初に来たときは救急車なんだから、車で行かなくちゃ」
タクシーに乗り15分もかからない距離でタクシーを降りた。
「ここだ……」
「こんなに近かったなんて……」
パパと意外と近くに住んでいたんだ……。
「大丈夫だ。ちゃんと整理してもらっているから、ごみ屋敷にはなってないよ」
パパの後ろをついて階段を上って、廊下を進んでたとき、手前のドアが開いた。
「あら、小林さんお久しぶり。出張でもしていたのかと思ったわ。でも、救急車のこともあったからね」
「あのときはお騒がせしました」
「えー、小林さんがこんな若い女の子を連れてきちゃうなんて意外です」
「この子は娘のよつ葉です。看護師の卵なんで、この一時帰宅にお目付け役でついてきてもらったんです」
「なんだ、小林さんにもこんな大きなお嬢さんいたんですね。あ、それより……」
パパとお隣の住人と話し込んでいるのを、聞いている。
「自分も次の転勤先が決まりまして、久しぶりに自宅からの通勤に戻ることになりました。それなので、この部屋にいられるのも今月いっぱいです」
「それは、寂しくなりますね……。それじゃぁ、今は引っ越し準備ですか?」
「そ、その準備で休みの日もないですわぁ」
お隣の住人の人が、そう笑って階段を降りていった。
「みんな、心配してくれていたんだね」
「ここのアパートはそういう独り暮らしが多いんだ。家賃も安いしなぁ」
パパはそう言って、部屋の鍵を開ける。
玄関を入った
玄関を入ったところに、目的の郵便物や、チラシなどが散らばって落ちていたのをさっと片付けて、中に入るパパを見つめていたら
「よつ葉、寒いぞ、中に入りなさい」
声をかけてくれるが、どう言って入って行ったら良いのかを自問自答していたが答えが見つからず
「えっとー、なんて言って入ればいいのかな……。お邪魔します……かな?」
「何を水くさいことを言ってる。『ただいま』と入ってくればいいんじゃないか?」
「ただいま……」
「おかえり」
その瞬間、あることに気づいた。
「おかえりって、もう何年言われていないんだろう……」
「よつ葉にとってはじめての場所かもしれないが、ここには来て構わないんだぞ」
「思ったよりきれいだね。安心した……」
聞こうか迷っていたことを思いきってパパに聞いてみることにした。
「ここでお家賃どのくらい?」
「そうだなぁ、五万五千円というところかな。建ってからしばらく経っているから、この辺の相場としては、少し安めだ。2階はロフトがあるから、そのぶん収納には困らないが」
「よつ葉のお部屋より安いんだね……」
「まぁ、普段は寝られればいいわけだし、部屋代にまであまりかけるわけにはいかなかったからな」
お部屋の雰囲気は、荷物や家具カーテン等で変わるであろうが、間取りをみて使い勝手を想像していると、パパが声をかけてくれる。
「さて、目的は済んだわけだし、約束どおりに昼食をご馳走することにしよう。お店の希望はあるか?」
「特にはないよ」
「そうか、それなら顔馴染みの店に心配をかけてしまったので、そこでもいいかい?」
パパが再び戸締まりをして、玄関の鍵をかけた。お隣の人、引っ越すって言っていたことを思いだしていた。
「よつ葉?」
「う、うん。なんでもない」
パパに声をかけられ慌てて階段を降りていく。
「ここの住所って?」
「カルテを見ればわかるだろうに?」
「あれは個人情報だから……」
「そっか……」
アパートの銘板を写真に納めて、パパとふたり駅前の商店街を歩く。
「まさか、この道を本当によつ葉と歩く日が来るとは思わなかった」
駅前にはあまり大手のチェーン店はないけど、少し外れた商店街の中には、個人の喫茶店などがいくつも並んでいて、パパはそのうちの一軒に入るため、階段を上っていく。
「こんにちは」
「おや、お久しぶりですね。お元気でしたか」
「夏の終わりに救急車で運ばれて、今ではリハビリ中ですよ」
「なんと、それは大変でしたな…」
「この子は娘でもあり、看護師の卵なんでこの外出のお目付け役で来てくれたんです」
「なるほどねぇ」
喫茶店のマスターは窓際のテーブル席を案内してくれた。
メニュー表を見て、久しぶりにパパとご飯を食べられることに嬉しさを感じていた。
「好きなもの食べていいぞ。もちろんデザートもな」
「うん。迷っちゃう……」
結局、ふたりで海鮮の入ったホワイトクリームのドリアのセットを頼んだ。
飲み物とサラダもついていて、よつ葉のためにパパは食後にプリンパフェを追加してくれた。
「ふだん、食べたいものも食べられないときもあるだろう。こう言うときくらい甘えていきなさい」
普段、外食なんてできなくて、スーパーのおつとめ品の食材を購入してそれを小分けして冷凍保存しておき必要に応じて少しずつ使っていた。医療系学部は授業料の他に、病院の実習費、その病院までの交通費、予防接種費などがかかるため食費は削りに削っていた。
パパとのお外での食事に浮かれていたが、パパを見ると少し切なそうにしているのが気にかかり
「パパ大丈夫?」
パパは、直ぐに我に返り
「おまえたちには本当に迷惑をかけたな……」
「そんなこと言わないで。でも、あのあとはみんな外食は減ったと思う」
お店のマスターに、またふたりでいらしてくださいと言われて、時計を見ると、約束の時間まではもう少し余裕があった。そんな時にパパが、
「よつ葉、おいで」
「ちょっと、パパだめだよぉ」
よつ葉に、マフラーを選んでくれている。担当患者様に何一つ貰い物をしてはいけない。というのが決まっている。今は、在宅看護実習としてパパの外出に付き添っている。まぁ、お昼ご飯をごちそうになっていている時点でアウトな訳だけれど、父娘でお昼ご飯を食べるだけでしょ。と河西看護師長に許可を得ている。だから食事以外は……と思っている。
「今は実習時間外だ。本当に似合うのはまた考えてやるから、今はこれで寒さをしのいでくれ」
ピンクとグレー、ホワイト3色のチェックのマフラーを選んで、襟元に結んでくれた汐希パパ。
「病院に着いたら外せばいいだろう。風邪でもひかれたら、それこそ試験まで響いちまう。昼食のお子さまランチのおまけだ」
「もぉ、ずいぶんと豪華なお子さまランチなんだから」
再び駅前でタクシーを拾い、予定の時刻で病院に戻ると、河西看護師長さんは笑っていた。
「着替えてきます」
「急がなくて良いわよ。ゆっくりで良いからね」
「はい、ありがとうございます」
パパに結んでもらったマフラーをそっと撫でて自然と笑顔で更衣室へ向かい歩いていく。




