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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
17/71

17話

 翌朝、朝の回診が終わって、特に問題もなし。服薬も問題なしとのお墨付きをもらった。


 そのまま、よつ葉は回診の見学に同行し、俺は外出の用意をするように言われて、着替えや持ち物の用意をしておいた。


 幸いにして天気は問題ない。朝の天気予報では昼間の気温は比較的暖かいと言っていた。

 これなら風邪をひいて帰ってくることはないだろう。


「あれ、汐希の外出許可出たの?」

 廊下ですれ違った舞花さん。今日も定期検査だそうで、外来病棟に向かうとちゅうだとのこと。


「家に間違って郵便が配達されたってので、それを取りに行ってくるだけですよ」

「じゃあ、なにか差し入れよろしくね!」

 まったく、ちゃんと目的を伝えているのに、差し入れって、お土産をねだってきているなんて。そんな性格も笑えてしまうのだけど。


「お待たせしました」

 実習服から私服に着替えたよつ葉が戻ってきた。


「暖かいとはいえ、タクシーでいくか」

「そもそも、最初に来たときは救急車なんだから、車で行かなくちゃ」


 病院から家までは、車で15分も見ておけば事足りる。


 築浅ではないが、小綺麗に手入れされている木造アパートの2階一番奥の部屋が、久しぶりに帰ってきた我が家だ。


「ここだ……」

「こんなに近かったなんて……」


 よつ葉が緊張しているのがわかる。

「大丈夫だ。ちゃんと整理してもらっているから、ごみ屋敷にはなってないよ」


 階段を上って、廊下を進んでいこうとしたとき、手前のドアが開いた。


「あら、小林さんお久しぶり。出張でもしていたのかと思ったわ。でも、救急車のこともあったからね」

「あのときはお騒がせしました」


 やはり同じ年くらいの田中さん。こちらは俺とは違い、仕事の関係で奥さんと子どもさんを残して単身赴任なんだそうだ。


「えー、小林さんがこんな若い女の子を連れてきちゃうなんて意外です」

「この子は娘のよつ葉です。看護師の卵なんで、この一時帰宅にお目付け役でついてきてもらったんです」


「なんだ、小林さんにもこんな大きなお嬢さんいたんですね。あ、それより……」

 田中さんは思い出したように、

「自分も次の転勤先が決まりまして、久しぶりに自宅からの通勤に戻ることになりました。それなので、この部屋にいられるのも今月いっぱいです」


「それは、寂しくなりますね……。それじゃぁ、今は引っ越しの準備ですか?」

「そ、その準備で休みの日もないですわぁ」


 田中さんはそう笑って階段を降りていった。


「みんな、心配してくれていたんだね」

「ここのアパートはそういう独り暮らしが多いんだ。家賃も安いしなぁ」


 そう言って、自分の部屋の鍵を開ける。


 玄関を入ったところに、目的の郵便物や、チラシなどが散らばって落ちていた。貯まらないようにわざと郵便受けの下を開けておいたから、こうなっているのは最初から予想もできていた。


 それらをさっと片付けて、中に入る。


「よつ葉、寒いぞ、中に入りなさい」

「えっとー、なんて言って入ればいいのかな……。お邪魔します……かな?」

「何を水くさいことを言ってる。『ただいま』と入ってくればいいんじゃないか?」


「ただいま……」

「おかえり」


その瞬間、よつ葉がはっと顔をあげる。


「おかえりって、もう何年言われていないんだろう……」

「よつ葉にとってはじめての場所かもしれないが、ここには来て構わないんだぞ」


 月に一度、設備点検に親に入ってもらっているので、ライフラインはすべて維持されているし、掃除もされている。しかし、冷蔵庫だけは別で、何も入っていないから、それだけコンセントが抜かれている。


「思ったよりきれいだね。安心した……」


 男ひとりの部屋で、どうしてもゴミ出しなどがダメになって、廃棄物が溢れたり、物が積み上がっているのも想像したのかもしれない。

 でも、それだけは避けたくて、服や物品の購入も必要最低限にしてある。


「ここでお家賃どのくらい?」

「そうだなぁ、五万五千円というところかな。建ってからしばらく経っているから、この辺の相場としては、少し安めだ。2階はロフトがあるから、そのぶん収納には困らないが」

「よつ葉のお部屋より安いんだね……」

「まぁ、普段は寝られればいいわけだし、部屋代にまであまりかけるわけにはいかなかったからな」


 よつ葉が物珍しそうに、我が家の住設備を見ている。


「さて、目的は済んだわけだし、約束どおりに昼食をご馳走することにしよう。お店の希望はあるか?」

「特にはないよ」


「そうか、それなら顔馴染みの店に心配をかけてしまったので、そこでもいいかい?」


 再び戸締まりをして、玄関の鍵をかけた。田中さんは戻ってきていない。


「よつ葉?」

「う、うん。なんでもない」


 その田中さんのお部屋のドアを見ていたよつ葉が慌てて階段を降りてくる。


「ここの住所って?」

「カルテを見ればわかるだろうに?」

「あれは個人情報だから……」

「そっか……」

 アパートの銘板をよつ葉が写真に納めて、駅前の商店街に歩く。


「まさか、この道を本当によつ葉と歩く日が来るとは思わなかった」


 この子にも話したとおり、いつかは呼び寄せるつもりだった。でも、それは夢のままで終わると思っていた。


 駅前にはあまり大手のチェーン店はないが、少し外れた商店街の中には、個人の喫茶店などがいくつも並んでいる。


 俺はそのうちの一軒に入るため、階段を上っていく。


「こんにちは」

「おや、お久しぶりですね。お元気でしたか」

「夏の終わりに救急車で運ばれて、今ではリハビリ中ですよ」

「なんと、それは大変でしたな…」

「この子は娘でもあり、看護師の卵なんでこの外出のお目付け役で来てくれたんです」

「なるほどねぇ」


 喫茶店のマスターは窓際のテーブル席を案内してくれた。


「好きなもの食べていいぞ。もちろんデザートもな」

「うん。迷っちゃう……」


 結局、ふたりで海鮮の入ったホワイトクリームのドリアのセットを頼んだ。

 飲み物とサラダもついていて、よつ葉には食後にプリンパフェを追加した。


「ふだん、食べたいものも食べられないときもあるだろう。こう言うときくらい甘えていきなさい」


 味も気に入ってくれたようで、あっという間にメインディッシュを平らげて、パフェに取りかかっているよつ葉を見ていると、もう10年以上前を思い出す。


 俺が離れて暮らすことが決まったあと、娘たちに心配をかけたお詫びにと、こうして食事に連れていったっけ……。


 こうして娘が大きくなって、自分の前でデザートを平らげているところを再び見られるようになったんだと……。


「パパ大丈夫?」


 いけない。つい歳のせいもある。目元が緩んでいたようだ。


「おまえたちには本当に迷惑をかけたな……」

「そんなこと言わないで。でも、あのあとはみんな外食は減ったと思う」


 そうだったか。やはりこの子たちの中でも、引っ掛かるものができてしまったのだろう。


 またふたりでいらしてくださいと言われて、時計を見ると、約束の時間まではもう少し余裕がある。


「よつ葉、おいで」


 本当なら、きちんと彼女が好きなブランドのお店に行ってあげたい。そこまでの時間がないから、今日は許してくれ……。


 襟元になにもつけていないよつ葉に、マフラーを見繕ってやる。


「ちょっと、パパだめだよぉ」

「今は実習時間外だ。本当に似合うのはまた考えてやるから、今はこれで寒さをしのいでくれ」


 ピンクとグレー、ホワイト3色のチェックのマフラーを選んで、襟元に結んでやった。


「病院に着いたら外せばいいだろう。風邪でもひかれたら、それこそ試験まで響いちまう。昼食のお子さまランチのおまけだ」

「もぉ、ずいぶんと豪華なお子さまランチなんだから」


 再び駅前でタクシーを拾い、予定の時刻で病院に戻ると、河西看護師長さんは笑っていた。


「まったく、お二人とも真面目なんですね。遅れてくるくらいかと思ってましたのに。菜須さん、嬉しそうな顔でロッカー行きましたから、よかったかなぁ」


 河西さんが見ていてくれたのなら、間違いないだろう。


「用事としてはすぐでしたし。それでも、本番に向けた予行演習というところでしょうかね」


 まだ自分がクリスマスに一時退院することは伝えていないのだそう。サプライズにするということで、そこはもうお任せしている。



 ところが、その日程の前に、もうひとつの事件が起こることになること、医療現場の難しさの現実を思い知らされることになるなんて、誰もがこのとき予想もしていなかった……。


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