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夢はひとりみるものじゃない  作者: 小林汐希・菜須よつ葉
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13話

 あの三者面談を終え、外の街路樹が黄色や赤に染まり始めた。

 今年は秋に台風が多く、塩害の影響で紅葉は綺麗には出ないかもしれないと言われている。

 確かに、銀杏の黄色はよく目立つが、紅葉の赤はくすんでいるようにも見える。



 仕事先に定期で入れる連絡を終えて、一息をついたときだった。

 今から談話室に行っても、すぐに帰ってこなければならないだろうな。昼食前のそんな時間だった。


 突然、ノックもなく病室の扉が激しく開けられた。


「汐希大変! よつ葉ちゃんが!」

「何が起きたんです!?」


 舞花さんの声に思わず立ち上がった。

 急いで部屋を出ようとすると、確かにナースステーションも慌ただしく電話をしたり、平時の状態ではない。


「こっちこっち」


 舞花さんに腕を持たれて、連れてこられたのは救急外来外科の処置室。

 なんで? よつ葉がここにいるというのか? 今のあの子は統合実習という立場なので、特に専門の診療科を持っているわけではないが、確か最近の話では外科の患者は担当していなかったはずだ。


 さすがに呼ばれてもいない患者が処置室に入るわけに行かないので、廊下のベンチに腰を下ろす。


 一部始終を偶然目撃してしまった舞花さんの話を聞くことにする。


 どうやら、今日から入院する患者に挨拶に行ったときだったらしい。

 もちろん、あの子はまだ実習中の学生という立場なので、指導する島さんと一緒だったと思われる。


 しかし、それが気にくわなかったのだろうか……。

 島さんの指示によって点滴の準備をしていたよつ葉に、その老人は「こんな若いのを寄越したんか!」と怒鳴り付け、点滴のスタンドを投げつけたという。


 医療器具は普通に扱っていればそれ自身で怪我をするということは基本ない。しかし、それを武器として使われれば別の話だ。


 腕を押さえて、そこから出血しているのも確認できたという。


 ナースコールで医師や看護師が集まったなかあとを任せ、島看護師に付き添われて入っていったのがこの部屋だという。


 舞花さんは俺とよつ葉に何らかの接点があるとすでに感じ取っているらしく、それを誰にも広げず、真っ直ぐに俺の部屋に向かって報告してくれたということだ。


「舞花さん、ありがとうございます……」

「分かってるわよ。よつ葉ちゃん心配なんでしょ? 可愛いもんねーあの子」

「そんなんじゃないですけど……」

「表向きはそういっておかなきゃ。なんかあんたたちにあるのは、これだけ年上なんだから、毎日見てりゃわかるわよ。それに本当は終わっているはずの実習を延長するなんて、汐希が入院して長期になるって分かってからだもん。こりゃなんかあるなって。でも、今は聞かない。よつ葉ちゃんを心配してあげてちょうだい……」


 そこまで舞花さんが言い終わったときに、河西看護師長さんが中から出てきた。


「小林さん……」

「あたしは先に帰るわ」


 舞花さんは、手を振ってその場から外してくれた。


「まったく、舞花さんにも困ったものね」

 河西さんがため息をつくと、俺に向き直った。


「申し訳ありません。菜須さんが医療事故に遭われてしまいました。これは病院側のミスになります。申し訳ありません」


「よつ葉は大丈夫なんですか?」


「入られますか?」

 処置室に入ると、すでに処置は終わっていて、左腕に包帯を巻かれたよつ葉が座っていた。


「島さん、ごめん。大西さんの続きをお願いしていい? たぶんみんなのお仕置きを受けているとは思うけど、一応担当替えも指示をするつもりだけど。菜須さんはちょっと落ち着かせてからどうするか判断するわ」

「かしこまりました」


 島さんも部屋を出ていって、中にはあの事情を知る三人だけが残った。


「よつ葉、大丈夫か?」

「うん……」

 いつもの元気がない。そりゃそうだろうな。当然の作業の中では、誰もがこんなことが起こるとは思っていない。


「怪我の程度はどんな感じでしょう?」

「浅いですが裂傷……切り傷ですね。あとは打撲です。傷も浅いので縫合などはしておりません、まだお若いので傷跡も残らないと先生もおっしゃってます」

「そうですか。よかった……」


 こんな会話をするのも、いつぶりだろう。

 幼いよつ葉を連れてよく夜間救急に駆け込んだこともあったっけ。


「菜須さん、数日だけど傷が癒えるまでは包帯もあるから、作業自体は見学で学んでちょうだい。あなたならそれでも十分だと思うし。ただ、小林さんは別ね。検温や投薬も含めていつも通りでお願いします。巡回も無理にとは言わないわ。あの部屋なら二人でずっと話すこともできるでしょ?」


「看護師長……」

「いまは『ショック状態』だから、それを抑える鎮静剤がない訳じゃないけど、ここにそんなものより効くお薬がいらっしゃるんだから、二人でお昼を食べて少し落ち着いていらっしゃい。午後の暖かい時間なら病院の庭くらい散歩してきてもいいわよ」


 河西看護師長に見送られて、二人で部屋までの廊下を歩く。


「お昼はどうしてる?」

「お弁当持ってきてるから、ロッカーに取りに行ってきてもいい?」

「分かった。俺は部屋に戻ってるから、そこで待ってる」


 こういうとき、この個室というのは本当に都合がいい。


 部屋に戻ると、すでに配膳のお盆が部屋に届けてあって、食後はナースステーションに戻せばいいとメモも書いてある。


 間もなくノックがあって、よつ葉が入ってきた。


「食べられるか?」

「うん。左腕だし、手は使えるから」


 遅い昼食。でも、父娘でこうして同じ部屋で食事をするのはいつぶりなのだろうか?


「この間の三者面談で、こういうことを言っていたんだろう?」

「えっ……?」

「なんだ、おまえが一番理解していると思っていたぞ? 医療事故があったり、こうして自分が傷ついてしまうこともある。そういう現場に大切な娘を出していいのか?と聞かれたと俺は理解したんだがな。おまえが今回のことで看護師になることをもし躊躇するようなら、俺はそれに反論するつもりはない。別の道はいくらでもある」


「……ううん。それはないかな……。でも今はちょっと時間がほしい……」


 外を見ると、風もほとんどなく、暖かそうに日向ぼっこをしている患者の姿も見える。


「さっき、河西さんが散歩ならいいと言ってたよな。外に出るか」

「うん……。手続きしてくるね」


 俺は上衣を羽織り、お盆をナースステーションに返すと、河西さんだけがいた。


「大学の方には連絡を終えてあります。佐々木先生も、小林さんがそこにいるのだからと、言ってくださいました」


 小声で話してくれた。


「分かりました。少し外の空気を吸わせてきます」

「よろしくお願いします」


 これではどちらの立場が上か分かったものではない。


「車イスで行かれます?」

「いや、片腕のよつ葉に押させるわけには行かないでしょう?」

「それもそうでしたね。リハビリということにしておきますわ」


 外出用に靴に履き替えてきたよつ葉が戻って来た。


「菜須さん、ゆっくりしてらっしゃい 」

「はい……、ありがとうございます」


 エレベーターを降りて、俺は久しぶりに外の空気を吸うことになった。



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