勇者の凱旋
高速馬車道を走り、相変わらずとんでもない光景が広がる景色を見ながら、久しぶりの我が家へ向かう。
「なんか久しぶりですよね家に帰るの。」
「そうやなぁ。王様から連絡行ってるとは思うんやけど、王都に行ってきます!って言うたっきり1ヶ月以上留守にしたからな。」
「もう家無いかもしれませんねぇ。そしたら3人で野宿旅。それも結構楽しそうですよね。」
なんでそんなにポジティブなんだこのメイドさんは。
「その点はご心配なく。皆さんが王都にやってきたその日に使いの者が派遣され、皆さんの家の掃除や維持をしていますので。」
従者の人がそう言った。アフターケアもばっちりな王様気づかいクオリティ。無断で進入したって事ですよね?と言うのは野暮であろう。
高速馬車道を降り、一般馬車道を走り、ついに我が家のある街へと近付いた僕達の目に飛び込んできたのは、とんでもない光景だった。
「なんやこれ・・・。なんで、どうしてこんな事に・・・。」
街の入り口に大きく掲げられた看板。そこに書かれた文字。
『おかえりなさいませ!勇者様ご一行!』
まだ街まで少し距離があるけど、それでもはっきり読めるレベルで大きな文字。でかい看板。
その看板の下には、これまた遠くからでもわかるくらいたくさんの人。人。人。
「・・・なんですかね?もしかして、もしかしてですけど、勇者様って僕達の事ですかね?」
「いや・・・。そら、タイミング的にはそんな感じするけど、勇者って・・・。なんかしたかいな?」
街に近付くにつれ、歓声が聞こえるようになってきた。その声に耳をすませる。
「よし様・・・!まさよし様・・・!」
どうやら、街の人々は僕の事を呼んでいるらしい。
ここ最近の働きとしては、魔法都市でかなり高級な宿でテレビもどきを見ながらゴロゴロしていただけだ。とても勇ましき者と呼ばれるような事はしていない。
もしかして、勇者というのは異世界で何かの隠語だろうか。街に入るなり石を投げられたりしないだろうか。
まったくなんの心当たりも無いままに、きょとんとした顔で馬車に乗る僕達の耳に、ついにはっきり声が聞こえた。
「ドラゴンスレイヤーまさよし様だ!まさよし様が帰ってきたぞ!!」
と。
「あ~~~~!そうやった!倒したなドラゴン!忘れてたわ。あんまり存在感無かったもんな。」
「倒した本人が言うのもなんですけど、倒した感0ですよ。ドーーーン!で終わりましたからね。」
「どうするんですかあれ?なんか凄い事になってるっぽいですよ?」
もうすでに街の人々の声ははっきり聞こえるようになり、誰も彼もが口々にドラゴンスレイヤーまさよしを、そしてその仲間達を褒め称える。
「どうしよう・・・。なんか武勇伝とか作ったほうがいいんですかね?ありのままだと僕あんまり言う事ないんですけど。」
「・・・わからん。魔法都市でダラダラしてただけやのに、帰ってきたらまさかこんな事になってるとは・・・。」
僕達がドラゴンを討伐した事を直接知っているのは王様だけのはずだ。それがここまで広まっているという事は、当然広めたのは王様。
「ちなみに、ドラゴンスレイヤーって凄いんですか?」
僕の知る異世界の知識でいえば、それは凄い。倒した相手が竜の王なら、その後末永く語り継がれるレベルで勇者扱い。
「そうやなぁ。程度にもよるけど、だいたいは英雄とか勇者とか言われてるな。例えば・・・。国の危機を・・・。救ったりとか・・・。あぁ。そうやな。そのままや。」
王都の近くの大切な鉱石が取れる山に巣くうドラゴンを退治しました。
「凄いじゃないですか!伝説の勇者!ドラゴンスレイヤーまさよし!超かっこいい!」
ノリノリで推してくるハッピーメイドさん。
「とりあえずどうするんですかあれ。なんか凄いテンションなんですけど。」
遠目からでもハッキリわかるレベルで集まった群集の歓声を聞きながら、どんどん冷えていく車内。
そしてついに、馬車は街の入り口へと到着した。
「・・・1つ聞きたいんですけど、本当は知ってましたよね?」
一緒に乗っていた従者の人の方に向かって話しかけたが、大きくビクっとなった後何も喋らなかった。
馬車の周りにはすでに黒山のひとだかり。伝説のドラゴンスレイヤーの一行を見ようと押しかける人。そして、それを抑えようと必死になる衛兵さん。
歓声はすでに、大きく多すぎて何を言っているのかわからない。
「・・・ほら。伝説のマーさん。呼んではるで。はよ行かんと。」
ここに来て新しいあだ名で僕を呼び、背中を強く押してくる女神。
「ちょっ・・・!押さないでくださいよ!よしえさんこそほら!女神なんでしょう?」
「女神は遠くから勇者の成長を見守るもんなんよ。前に出たらアカン。」
「じゃあメイドも、ご主人様を影ながら見守る事にします。」
グイグイグイグイグイ。くらいの勢いで背中を押してくる頼りになる仲間達。ありがとう。僕は君達の事を一生忘れない。
背中を押され、かなり強引に扉は開かれ馬車の外へと出た。
一気に場が静まる。集まった人達が、一斉に僕に注目する。
「ほら。サービスよサービス。」
小声でささやく女神。サービスとか言われても・・・。
とりあえず、サっと手を上げふってみた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
街が、歓声で揺れる。緊張で手汗がもはや滝のごとしだ。あぁ。夢なら覚めてくれないか。
「表情が固い!笑顔や笑顔!」
ヒジで僕をつつきながらささやくパーマネントミセス。なぜだ。どうしてこの人はこんなに他人事なんだ。
とりあえず、ニッコリ笑ってみた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ライブハウス異世界へようこそ。その昔、遊びで顔に低周波治療器を当てた時の3倍は顔の筋肉がケイレンしている気がする。
人だかりのせいで前に進む事も出来ず、下手に近寄れば大変な事になるので固まっていた僕達の元へ、人をかき分け町長さんがやってきた。
「いやぁ~!おかえりなさい!待ってましたよ!王様から連絡がきて、それはそれは驚きましたよ!なんでも、王都を襲おうとしていたドラゴンの群れを討伐したとか!」
キラキラした目で僕達を見る町長さん。
なにそれ。僕の知ってる話と違う。
「え!?いや・・・そ、そんなにたいした事をしたわけでは・・・。」
「またまたぁ~。やっぱり王様のおっしゃる通りだ!まさよし達は謙虚なのでおそらく謙遜するだろうが、彼らは本物の英雄だ!と!」
なぜか先回りして先手を打たれている。どうしてこうなった。
「いや、本当に違うんですよ・・・!」
「では、王様がウソをついていると?」
本当に、心底しょんぼりした顔になる町長さん。なんだこの人。ピュアか。ピュア異世界人か。
困って後ろを振り返ると、よしえ&マキノのコンビはサっと目をそらした。
「・・・そ、そうです。僕達が、やりました。」
ドラゴンスレイヤー。その称号は、異世界において非常に名誉な事のはずなのに、まるでセコイ犯罪を自白させられたかのような気分になった。
「おぉ~!やはりそうでしたか!さすがですよ!みなさんは、いつか必ず大きな事を成し遂げると思っていました!」
ハイオークを瞬殺に始まり、スライムに服を溶かされゴブリンに刺され、レッサーデーモンを拷問するまでの素敵な記憶が蘇る。どうしてか、僕が活躍した気がしない。
「まぁとにかく、こんな所で立ち話もなんですから、ぜひ街の酒場へ!みなさんの為に宴会を用意しましたので!さぁ!」
そう言って町長さんが手を上げると、人ごみがサーーーっと開き、道が出来た。
勇者達の道。ブレイブメン・ロードが。
「・・・私、先帰っててええかな?」
逃げようとする女神の腕を、死んでも放さないつもりで強く握った。
「じゃあ、みなさんきっと疲れて帰ってくるでしょうから、先に帰ってお風呂沸かして待ってますね♪」
最高のスマイルを見せるメイドさんの腕も、しっかり握って離さない。
伝説の勇者まさよしの伝説が、今始まろうとしていた。




