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しない善よりする偽善


ガチ特訓の翌日。1人宿の部屋で昨日の特訓の事について考えていた。


よしえさんやマキノさんの言う事も頭ではわからないでもないけど、やっぱりどうしても人間に近いタイプのモンスターなんかは殺す事に抵抗がある。


例えば、昨日のマキノさんが僕を殺しにきた暗殺者だったとしたら、首をはねて殺せただろうか?


答えはNOだ。殺らなければ殺られる事を充分に理解したうえでもやはり難しい。


昨日の特訓の時のように、充分に時間をかけて精神的に追い込まれるような状況であれば、開き直って・・・という事もあるかもしれないけど、その辺はたぶん元の世界より異世界の方が厳しい。


一撃必殺。先手必勝。後手に回れば回復されて一瞬で形勢を立て直される可能性が高い世界である以上、時間をかけてゆっくり殺す。などという事はほとんどないはずだ。


悪・即・斬。そんな心構えが僕に出来るとは到底思えない。



なら、何か殺さないまでも一瞬で相手の動きを封じ込められるような、捕縛専用の道具でもあれば・・・。


雷の魔法があるくらいなんだから、それを応用したスタンガンのような、一瞬で相手をマヒさせるような道具があれば僕でもそこそこ戦えるかもしれない。


あんまりガンガンお願いに行くのも悪いので、また今度そのうちセタさんにお願いしてみようかな。



そんな事を考えていると、1つ大事な事を思い出した。


「そういえば、剣が折れたんだった。」


1人ポツリとつぶやいた。このままだと今後も不便があるかもしれないので、とりあえず買いに行こうかな。


剣を買ったのは前によしえさんと2人で買いに行って以来なので、値段もよくわからない。とりあえず、みんなで分けて持っているお金の中から適当に金貨を何枚か小さな革袋に詰め込んで宿の部屋を出た。




この世界の常識がいまいちよくわからないので、基本的には1人で出歩かないのでいまだに街の地理がよくわからない。


でも宿のサービスは充分なので、そもそもひきこもりに不自由を感じた事もない。


でもいつまでもそんな事も言ってられないので、今日は1人ぶらりお買い物。僕もそこそこ鍛えているんだから、そんな簡単に不幸に見舞われる事もないだろう。



あてもなく武器屋を探し、色々な店の看板をキョロキョロ見回しながら歩いていると、ふいにドンっ!という強い衝撃に襲われ僕は倒れた。



「どこ見て歩いてんだよ!気をつけろよな兄ちゃん!」


どうやら人にぶつかったらしい。相手はまだ幼い少年のようだった。


「いてて・・・。すいません・・・。」



倒れた時に強くお尻を打ったのでお尻をさすっていると、違和感に気付いた。



金貨の入った革袋が無い。



ハっ!と気付いた時にはすでに遅い。さっき僕にぶつかった少年は、すでにかなり遠くまで走り去っていた。


「ど、どろぼー!僕の金貨を返せ!」


急いで走っておいかけるが、どうにも相手の方が速い。子供だから小さいので、するする人ごみを抜けていってしまうのだ。


「ど、どろぼー!誰かー!その少年を捕まえてください!」



必死で叫びながら追いかけるが、追いつくどころか見失わないだけで精一杯で、少しずつ離されていく。


これはもう無理か・・・。と諦めかけた時、前方を走っていた少年が誰かに捕まえられるのが見えた。



「あ、ありがとうございます・・・!」


知らない場所で人ごみを避けながら叫びながら走るというのはなかなかに気持ちも体力も減るようで、ゼーゼー言いながらなんとか追いついた。


スリの少年を捕まえてくれたのは、僕より少し背が高いさわやかな人だった。オジサンというほどでもないがそんなに若いというわけでもない。立派な大人。外見で言えば30前半くらいだろう。


一方、スリの少年は、お世辞にも綺麗とはいえない身なりだった。言い方は悪いかもしれないけど、いかにもスリ。という感じの風貌だ。


「いえいえ。当然の事をしたまでですよ。」


柔らかな物腰で優しく微笑むナイスガイ。


「ちっ・・・!しくじっちまったぜ!」


なんら反省した様子の無い少年。きっと初めてではないのだろう。


「さて。子供ではありますが犯罪は犯罪。このまま衛兵に引渡しに行きましょうか?」


僕に問いかけてくるナイスガイ。


「え・・・っと。ちょっと待ってください。一応、まだ子供だし、何か事情でもあるのか聞いてからでも遅くないのでは?」


そんな事を言う僕に対して、意外にも2人は『何言ってるんだこいつは?』というような顔で僕を見てきた。



「事情って・・・。財布盗んだ俺が言うのもなんだけど、兄ちゃんどこから来たんだ?」


スリの少年が心底不思議そうな顔で聞いてきた。


「どこからって・・・。えっと、まぁ、その、ちょっと遠い国から来たんだ。だから、あまり世間の事とかよく知らなくて・・・。ごめんね。」


なぜかスリに説教される形になった。これは困った。


「この子供はおそらくスラム街の子供ですよ。」


僕の困り顔を見てナイスガイからのナイスフォローが入った。


「スラム街・・・?」


名前は聞いた事あるけど実際に見た事の無い物の中でも上位に入るであろう言葉。元いた世界でもそういう場所が存在していたらしいが、直接見た事はない。


「おいおい・・・。なんでそこで不思議そうな顔になるんだよ。兄ちゃんずっと監禁でもされてたのか?」


「え?・・・あぁ。ちょっと世間知らずなもんで・・・。」


苦笑いである。


「事情こそ様々ですが、大抵はどこの街にでもそういう一角は存在しますよ。少年を前にして言うのもなんですが、貧しい方々の住む場所です。」


なるほど。だいたい想像通りだ。


「この魔法都市において貧富の差を生むのは『魔法を使えるかどうか』ですかね。なにせ魔法都市ですから。魔法を使えないという事は何をするにしても大きなハンデになります。」


そういえば前によしえさんが『魔法を使えるようにする儀式にはお金が必要』と言っていた。


魔法を使えない貧しい人達が、貧しいがゆえに魔法を使えなくなる。負の連鎖の構造が想像できた。


「なるほど・・・。」


たぶんこの街に住む人にとっては常識なのだろう。



ふと少年を見ると、下を向いて泣いていた。


「う、うるせぇよ!しょうがねぇだろ!かあちゃんだって、とおちゃんだって、好きで貧乏やってんじゃねえよ!バカにするな!!魔法が使えないからってなんなんだよ!!」


最初こそ気丈にふるまい涙を隠そうとしていた少年だが、一度こぼれた涙はもう止まらないようだった。ボロボロ泣き出してしまう。


「・・・あげるよ。そのお金。」


僕は、取り返してもらった革袋を少年に渡した。


「別に同情してほしいわけでもねぇよ!変な施しならいらねぇよ!バカにすんな!」


少年にもプライドがあるんだろう。もらうのはダメでもスリならいいのか?とちょっとだけ思った。


「実はね。僕も魔法が使えないんだ。僕はたまたまこうして普通の暮らしが出来てるけど、ちょっと気持ちがわからなくもないんだ。」


僕がそう言うと、またしても2人が意外そうな顔で僕を見た。



「兄ちゃん・・・。ほんと、どこの世界から来たんだよ・・・。」


「・・・魔法使えないってそんなに珍しいの?」


どうやらまたしても異世界常識の地雷を踏んだようだった。


「そうですねぇ。魔法を使えるようになるには確かにお金が必要ですが、凄く高額というわけでもないんですよ。だから、魔法が使えないというのはそれこそとても貧しいか、あるいは・・・。」


そこまで言いかけたところで、ふとナイスガイが固まってしまった。


「・・・あるいは?」


続きを促すが、上の空のナイスガイ。


「あ、あぁ。すいません。ちょっとこっちの話です。とにかく、よほど貧しい人でない限り珍しい事ですよ。」


「何回も貧しい貧しい言うんじゃねぇよ!ところで、この財布にはいくら入ってるんだ?確認してなかったけど・・・。」


泣き止んだ少年が僕の革袋の中を見た。


「うわぁ!なんだこれ。金貨いっぱい入ってるじゃねぇか!」


「あぁ。別にかまわないからあげるよ。」


「かまわないって・・・。逆に俺が困るよ・・・。」


ここ最近の生活にはそもそも生活費というのがかかっていない。僕達のスポンサーには王様と研究所の偉いさんがいるのだ。その気になればお金レスの生活も出来なくもないかもしれない。



「まぁ・・・。兄ちゃんがくれるって言うなら貰っておくよ。・・・その、ありがとうな。兄ちゃんも、わけわかんないけど、強く生きろよな!」


そう言って少年は街のどこかへと消えて行った。



「正直、あまり関心しませんね。」


ナイスガイがボソっとつぶやいた。


「どうしてですか?」


「あの子があのお金をどう使うかわかりませんが、これで楽して生きていけると思ったかもしれませんよ?」


妙に真面目な顔でナイスガイが聞いてくる。


「ん~。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないじゃないですか。僕あんまりこの世界の常識が無いんでよくわからないんですけど。人生の悩みなんてほとんどがお金じゃないですか?その悩みが無くなったら、何か新しい物が生まれるかもしれないですよ。」


「この世界・・・?あなたは、本当にどこから・・・?」


しまった!最近一緒にいる人はみんな事情を知ってる人ばかりだったのでつい・・・。


「あ、いやいや!こっちの話ですよ!」


「・・・そうですか。」


ナイスガイはなにやら考え込むような表情になった後、僕に名刺のような物を渡してきてこう言った。


「私は、ホップ商会というグループで働いているピースという者です。」


「あ、あぁ!これはご丁寧にどうも。僕はまさよしです。」


名刺なんてもってないのでとりあえず頭を下げる。


「・・・あなたとは、またどこかでお会いするような気がします。どうか今後もよろしくお願いします。」


そう言って、深く頭を下げた後ピースさんも街に消えて行った。



「・・・剣、買いに来たの忘れてた。」


無一文になったので、おとなしく宿に帰った。

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