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あふれ出る男のロマン

宿に到着してから1時間後。


する事が無い。


ただ広い部屋を与えられても、正直庶民には持て余すだけだ。とりあえず何回かメイドさんにジュースを入れてもらい、テーブルの上のよくわからない果物を食べさせてもらったりしたが、もう何もする事がない。


他のみんなはどうしてるだろうか?気になるけどそもそも部屋の場所も知らないし、メイドさんに聞けば教えてくれるのかなぁと考えて、ベルを持とうとしたその時。


ふと、閃いた。



メイドさんは、果たしてどこまで僕の願いを叶えてくれるのだろうか?と。



これまでの人生の中で、こういう高級な宿に専属のメイドさんがいるようなシチュエーションのアレやコレはたくさん見てきた。


ドジっ子メイドさんがお茶をこぼしてみたり、なにやらをたくし上げて中のなにやらを見せてみたり。そんなシチュエーションはたくさん見てきた。


脳内経験値の豊富さで言えば、僕もなかなか歴戦の戦士と言ったところ。物語も中盤。そろそろ四天王の1人を倒してもおかしくない。それくらいのレベルの自信はある。



僕は今、もしかして人生の岐路に立っているのかもしれない。



王様がわざわざ招待してくれたのだ。どういった用件かは知らないが、この宿のレベルを見るからにはそれなりに好意を持ってもらっていると思っていいだろう。


つまり、これは異世界もてなしクオリティだ。よいではないか。減るものではなし。


人生というのは、世の中というのは、気付くという事がなにより大事だ。気付いた者こそが、他者を出し抜き良い思いを出来る。


僕は今、気付いたのだ・・・!この宿の中に潜む裏のルールにっ・・・!!



1回意識してしまうと、妙にメイドさんを呼びにくくなる。さっきから、意味も無くベルを持っては置き持っては置きを10回は繰り返している。


呼吸が荒くなる。みなぎってくる。僕の中のエナジーが。


まず試しに、ちょっと軽いとこからいってみて、大丈夫そうなら少しずつ過激な事を要求してみてはどうだろうか?


じゃあ、その引かれない程度の軽い要求というのはどういうものだろうか?


手汗がネチャネチャになってきた。ノドがカラカラだ。


こういう時、どこまでは大丈夫でどこまではアウトですよ。という初心者向けのマニュアルを置いておいてもらわないと困る。



よし!決めた!次こそは呼ぶ!で、何かちょっとだけ、ちょっとだけなんかいい感じの何かをお願いしてみる!


そう悩みながら、ベルを置く回数はもはや30を越えた。1人相撲異世界場所。



とりあえずノドが乾いてしょうがないので、何か飲み物をもらう事にしよう。これは変な意味のアレではなくて、生理現象だからノーカン。大胆な事をお願い出来なくてもそれはチキンだからではない。


チリンチリン!ベルを鳴らす。


するとメイドさんがやってきて、優しい笑顔で僕に言う。


「何か御用でしょうか?」


「ひゃ、ひゃい!あ、あの、なんか、の、ノドがかわいたから、水かなんかください!!」


最後無駄に声を張ってしまった。もうダメだ。脳内にいる歴戦の戦士は、実戦経験の無いペーパー戦士だった。


「・・・なんだか様子が優れないようですが、大丈夫ですか?」


「あ、あぁぁ!は、はい!大丈夫です!」


取り乱す僕とは対照的に、優しい笑顔を絶やす事なく飲み物を取りに行ってくれたメイドさん。ほどなくして、美味しいジュースを置いてまた待機部屋に戻っていった。



美味しいジュースを一気に飲んで、熱く火照った頭を一旦冷やす。



僕は一体何をアホな事をしていたのかと。僕は、魔王討伐にこの世界にやってきたわけで、そんな不純なアレとかソレとかそういうアレとは違うはずだ。


だから、よし!決めた!まず、まず最初はヒザ枕をしてもらおう!で、それで嫌そうな顔をしなければ、次は耳かきとかしてもらってもいいかもしれない!


なんかこう、ちょっと、ヒザとか、触ってみたりとか、ちょっとだけ、ヒザのお皿の、先だけをちょっとだけ撫でてみたりとか、それくらいなら、きっと大丈夫に違いないのだから!!



はぁ~決めた!よし決めた!深呼吸して、ベルを持って、ベルを置いて、ベルを持って、ベルを置いた。



なんか、もう泣けてきた。



この部屋に着いた時にはお昼過ぎだったのに、すっかり外は暗くなり、街は夜になっていた。おそらく僕の人生の中でトップ5に入る無駄な時間の使い方に違いなかった。


ちょっと気分転換をしようとフラっと部屋の外に出てみた時に、バッタリよしえさんとマキノさんに出会った。


「お!マー君なにしてたんや?王都で遊ぼうと思って呼びに来たのに、ノックしても返事無かったから寝てたんかと思ってたわ。だからマキノちゃんと2人で今まで観光してたんよ」


・・・え?何?観光?


「馬車の時間も結構長かったですもんねぇ。疲れましたよね。あ!それより聞いてくださいよ!よしえさんてば面白いんですよ!」


「ちょっと!マキノちゃん!あんまり変な事言わんといてよ!」


僕の目の前で、僕を抜きにしてキャッキャウフフするチリチリパーマと可愛いメイドさん。


「それにしてもあのレースは凄かったですよねぇ。最後の金貨1枚が、まさかの大外一気ですよ!しびれましたよ私!」


「いやぁ~!ホンマによ!あの大型モンスターの脚のワシャワシャっぷりは凄かったな!まさか勝つなんてな!」


最後の金貨1枚?大型モンスターのワシャワシャ?すげぇ気になる。


「それと、あの、殴らせ屋?やったっけ?王都1のタフネス!とか言いながら、本気マキノちゃんのキックで10mは飛んでたな!いやぁ~あれは笑ったわ。」


「私にかかれば楽勝ですよ!ぶっ飛ばしてやりましたよ!」


何?殴らせ屋?そんな商売あるの?吹っ飛ばした?10mも!?・・・なんだろう。2人の距離が凄く近い。僕との距離は凄く遠い。


「マー君はゆっくり寝れたか?」


「・・・はい。よく眠れました。今丁度起きたところです。」


ウソです。ベルを持ったり置いたりしてました。半日それで潰れました。


「あ、そういえばそろそろ夕食らしいですよ!なんでも、相当美味しい料理だそうです。まさよしさんも一緒に食堂にいきましょうよ!」


観光の余韻について2人でキャッキャする後ろを、少し離れて歩いていく。あぁ。人生とは、こんなにも厳しい道なのか。



夕食は凄い美味しかったが、どことなくモヤっとする食事になった。2人の話題に終始苦笑いだった。これからは、バカな事を考えるのはやめよう。


そう誓った、あとある異世界の1日であった。

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