戦うメイドさん
結論から言えば、よしえさんの修行はスパルタの極みだった。
とにかく、剣と魔法のファンタジーとやらは修行と相性が最高なのだ。そしてそれが最悪だった。
回復魔法。これがやっかいだった。魔法を使えば即回復する。こんなに恐ろしい事はない。
極論を言えば『死なない限り死なない』という、ブラック極まる究極の世界観だと思う。
木刀で殴られ、鼻の骨が折れたとしてもヒール一発で回復するのだ。腹を殴られ、わき腹が無くなったかと思うほどの衝撃を受けても、ヒール一発で回復するのだ。
ちょっと待つ必要すらない。無限ヒールによる無限拷問。
殴っては癒し殴っては癒し殴っては癒しの永久機関。使いようによっては、一発昇天の攻撃魔法より悪質なんじゃないか回復魔法。
もし元の世界に戻る事があったら、ゲームのキャラにも少しは気を使ってあげようとすら思った。
地獄の魔王を相手に、腕を落とされ足を飛ばされ、灼熱の炎や極寒の冷気を浴び、その後一瞬で全回復してまた魔王へと立ち向かう。果たして彼らの心境やいかに。
修行の日々が一ヶ月ほど続いたころ。さすがに少しは強くなってきた。
命のやり取りから身を守る。その世界で生きていく。お子様のチャンバラゴッコではない、命を賭けた修行の日々。
よしえさんにダメージを与える事もあったし、自分への攻撃もそこそこ防げるようにもなってきた。
これなら多少はマシかなと思えた。
ヒールで回復出来るので、やろうと思えば真剣での修行も出来たが、さすがにそれは断った。日常的に体が欠損するとか頭がおかしくなりそうだ。
そんなある日。僕達の住む家に来客がやってきた。
「すいませ~ん!よしえさんはいらっしゃいますかぁ~!」
今度は町長さんではない。女の人の声だった。
「はぁい!」
扉を開けた僕達が見たのは、メイド服の女の子だった。
「はじめまして!私、名前をマキノと申します。」
そう言って頭を下げるマキノさん。
「あの・・・。実は、私、この街がオークに襲われた時によしえさんに助けられたんです。その恩をなんとかして返したいと思いまして。もし、迷惑でなかったら・・・この家に置いていただいてよしえさん達の身の回りのお世話をさせていただけませんでしょうか?」
スラっと伸びた黒い髪を、小さい可愛らしいリボンでポニーテールにしたメイド姿の女の子。マキノさんは、突然とんでもない事を言い出した。
「え?・・・いや、急にそんな事言われてもやね・・・。」
困惑するよしえさん。そらそうだ。いきなり現れて家に置いてくれだの身の回りの世話をさせてくれだの言われても。
「決してご迷惑はおかけしません!私、生活費に関しても充分な貯えがありまして、その辺りの心配もご無用です!」
そう言って胸を張るマキノさん。
「そうだ!最近お2人はずっとお庭で稽古をしてらっしゃいますよね?私にもそのお手伝いをさせてください!」
「はぁ・・。」
どうして知ってるんだとか、まさかずっと見てたのか、とか、ツッコミたいところは色々あったがとりあえず言う事を聞いてみる事に。
「よ~し!いつでもかかってきてください!!」
庭でマキノさんと対峙する。というか、もっとこう応援的なものでお手伝いだと思ったのになんで戦う事に?
しかし、油断してはいけない。相手はファンタジーの世界の住人なのだ。いきなりとんでもない魔法で蒸発させられる可能性も無くは無い。
よしえさんとの修行は主に精神面で僕を変えた。良いか悪いかは置いといて。
見たところマキノさんは武器を持っていない。魔法使いだろうか?
「ではいきます!」
初対面でも遠慮する事はない。万が一怪我をしてもあの悪夢のヒールで癒すばかりだ。まずは胴を狙って水平に剣を・・・。
「ほい♪」
ふわっ。っと。飛んだ。マキノさんは、僕の剣を、飛んでかわした。そのまま僕の頭上を越え後ろに回る。
「よっと!」
僕の後ろに回ったマキノさんは、そのまま振り向きざまに僕の後頭部に向かってそれはもう綺麗なハイキックを・・・。
「ぐあぁぁあぁ!」
まったくのノーガードで後頭部にハイキックをくらい、吹っ飛ぶ僕。首から上が無くなったかと思うほどの威力だった。
「あ・・・。ちょっとやりすぎたですかね?」
パンパンと両手でスカートを払い。無邪気に笑うマキノさん。そのまま僕に駆け寄ってきて、僕の頭に手を当てた。
「ヒール!」
癒されていく。全力で蹴り飛ばされた僕の頭が、癒されていく。ツーンとなった鼻が、なんともなくなっていく。
ヒールがトラウマになりそうだ。
「どうでしょうか!私、結構武術にも自信があるんです♪」
そう言ってまた胸を張るマキノさん。結構ってレベルだろうか。頭上越えて裏に回るとか格闘ゲームじゃないんだぞ。
「よし!合格!ブラボー!素晴らしい!」
大絶賛するよしえさん。蹴られたの僕なのに。決定権はよしえさんにあるらしい。
「やった!ありがとうございます!」
無邪気に笑うマキノさん。なんかこう・・・。いい。
「戦うメイドさんとか素晴らしいやないの。個性的でいいと思うわ。」
「他にも色々出来ますよ!掃除洗濯料理、なんでもこいです!」
・・・これアレか。もしかして、もう僕いらないんじゃないか。
こうして、僕達の家に謎の戦うメイドさんが住み込む事になった。