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生活が整うってありがたい


 


 家の中が整っていると仕事がうまくいく。


 かつて上司が仕事場でそう漏らしたことがある。上司には当然には妻がいたが、仕事場まで来て綺麗にするわけではないし、上司の仕事は家に持ち帰ることのできるものではなかった。何を言っているのだろうと思ったものだ。

 もう会うこともないだろうその上司に心の中で叫ぶ。



 ―――――全力で同意します!!


 

 自分以外の誰かが家を清潔に整え、食事を配してくれることの尊さ。疲れて帰って来てそれらに着手せざるを得ない憂鬱に沈むことのない素晴らしさというのを、ここ数日ひしひしと感じている。


「仕事のことだけ考えて良いって、本当にありがたいことね……」


 食べるということは、わたしが思っていたよりもずっと重要度が高かったようだ。

 栄養価も気にしないといけないが、同じ物を食べ続けるというのは存外精神を削ってきた。身体に不調が出る前に、できるだけ日々違う物を食べようと考えはしたが、それが生きている限りずっと続くのだという現実に一気に嫌気がさしてしまったのだ。その現実に蓋をして、とりあえず腹が膨れれば良いと目先のものだけに集中したのが、魔蟲ども曰く『女子(おなご)にあるまじき食生活』だ。


 職場の寮に住んでいたときは、寮の食堂でご飯を食べ、洗濯物だって頼むことができた。おばちゃんが口煩いとか、一人の部屋が欲しいとか不満は常にあって、いざ離れてみてようやく有難味がわかるのだからどうしようもない。

 その失敗を踏まえ、コルトゥラとクフェーナにはきちんと感謝を伝えている。

 食事のマナーだとかカトラリーとかいうものの扱い方だとかを厳しくチェックされたりするけれど、感謝はしているのだ。うん。


 ところで、女子力云々とやたらとヴェヒターが口にするので、コルトゥラたちは雌なのかと聞くと、きょとんとされた。


「我らに雌雄の別はないが、見聞きしたもの、目指すものに添おうとすることでそうした傾向が表に現れているのだろう」


 雌雄がない?

 番で行動する魔獣の話を聞いたことがあるのだが、魔蟲はまた別の生態なのだろうか。

 






 ギルドに納品した傷薬は、品質評価が少しだけ高かったので、ランクがFからEへ上がった。つくった傷薬もギルドで引き取ってくれるというので少しだけ懐に余裕ができたのもうれしい。わたしにもできる依頼があれば尚良かったけれど、いまのところそういったものは入っていないので、次の薬をつくらなければ。


 そんなことを考えながら、ふと外を見ると、異様にたくさんの小さな蜂が集まっていた。


「ぶぅぅぅぅ――――っ!!」

「ルイン、汚い」


 ヴェヒターが抗議してくるが知ったことか!

 噴き出したお茶なぞ気にも留めず、ヴェヒターを両手でキュッと確保する。


「如何した、ルイン。何故我をキュッとするのだ?」

「やっぱりわたしは餌か何かでそのために太らせているんですか?そうなんですね?それでもって今日あたりにみんなで仲良く収穫祭でもする予定ですか?ちょっと太ってきたからですか?結局この家を魔蟲で覆いつくすんですね!?」

「混乱状態であるな」


 落ち着くが良い、と宥められ、ようやく気を取り直したわたしは己の未熟さに項垂れる。 

 たとえ混乱したからといって、大元の元凶と思しき者に突っかかるとは愚の骨頂。真実がどうあれ、まずは気づかれずに情報収集するか逃走するかの二択だろうに!わたしのバカ!!


 落ち込んでいると、外を見たヴェヒターが「ああ」と納得したような声を上げた。


「ルインが気にかけることは何もない。あれは使い走りである」

「使い走り……?」

「うむ。あれらは元々ここに生息しておるが、使い勝手がよさそうだからとコルトゥラとクフェーナが服従させておった。魔素も少なくまさしく羽虫。ルインが案ずることは何もない」


 魔素の多い少ないはともかく、わたしからすれば羽虫が同じ羽虫を貶しているようにしか思えない。


 こっそり物陰から観察してみたところ、使い走りだという蜂たちは、普通の蜂よりは大きいがヴェヒターよりも小さく、コルトゥラやクフェーナの指示の元に動いているようだ。

 だが、その仕事内容にわたしは震えた。


 目の前で、小さな蜂が数匹がかりでシーツの端を持っている。ブーンという羽音と共にシーツは舞い上がり、木と木の間に張られたロープにふわりとかかる。

 それを確認すると互いの顔を見合わせて頷き、すぐに次の洗濯物に移動する。

 ……なんだこれは。なんという奴らだ。

 小さな生き物が力を合わせて取り組むのが洗濯物を干すことで、できたぞ!と思う次の瞬間にはまた働き出すとか……、なんというあざとい仕事をするのだ……!


「っ…、働き者ですね…」


 内心の動揺を悟られまいとどうにか平静を装った。


「我らは生来働き者であるからの。動いておらんと落ち着かぬのだ」

「ヴェヒターは働いてないですよね?」


 コルトゥラたちがどれほど動き回っていても、ヴェヒターが参加するのを見たことはない。


「我は孤高の守護者であるし。そもそも役割が違うのであるしぃー」


 ………知能が高い魔物はずる賢いという話…、こいつ(ヴェヒター)の場合、サボる方面でずる賢くなったに違いない。


 わたしは冷ややかな視線をヴェヒターに向け、そっとその場を去った。

 ……また今度こっそり監視にこよう。

 小さな魔蟲は癒し効果抜群だと思う。

 




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