天秤は容易く傾く。楽な方に。
「あの二匹はお友達ですか?」
「同胞ではあるな!」
見た感じから少し種族は違うようなのはわかるが、同胞……友達との違いがわからない。
「どうしてここへ?」
「それは我がここに存在するが故の必然である!」
前々から思っていたけど、そういう言い回しは答えになっていないからな?
「………どうして食事を?」
「ルインの生活能力の低さがあやつらを刺激した結果と思われる。女子が干し肉と奇妙なパンだけで飢えを凌ぐ姿が忍びないと言っておったな」
「……………そうですか」
痛いところを突かれ、ぐっと言葉に詰まる。
……だって、仕方ないじゃないか。
突然仕事も住む場所も失くし、新たな職探しも難航し、級友の言葉に縋って転移門すら使って遠く離れた見知らぬ土地まで来て。
ようやくたどり着いた家には魔蟲がいるし、喋るし、騒ぐし、飛ぶし、わけわかんないながらもまずは生活しなきゃと気を張って。
食生活なんて、二の次三の次が当たり前じゃないか。身体だってお湯でちょっと拭いただけだし、汚れた洗濯物がたまってきているのも見ないふり。
仕方ないのだ。それより優先すべきことが山ほどある。
頭ではそう理解しているけれど、魔生物に食生活を危惧された事実が思いのほか深く胸に突き刺さった。
手を床につき、がっくりと項垂れるわたしを見て、ヴェヒターの触覚がおろおろと揺れ動く。
「心配召されるな、ルイン!」
「いや、心配とかじゃなくて、純粋に人としてちょっと自信が……」
「今後はコルトゥラとクフェーナらが良きに計らってくれようぞ!」
「………はい?」
「雑務はすべて任せ、悠然とするが良い!実は我も部屋の隅まで掃除せぬルインの悪癖には頭を悩ませていたのだが、これで巣を清潔に保つことができる!」
「大げさ!」
悪癖って……ちょっと適当に掃除しただけでしょう。
それより、なんだって?
魔蟲が増えるってこと?
混乱しているのに、わたしの頭は素早く計算する。
面倒な食事の準備も、掃除もしなくても良いって……雑務ってどの範囲までだろう。
それらと、今後生じる可能性のある問題とを天秤にかける。
「……あなたたちの主食はなんですか?」
「基本的に大気中の魔素を取り入れておる。嗜好品は花蜜であるな!」
贅沢な嗜好品!甘味の中でもなかなか手に入らない一品だよ!
……それはともかく、魔素が主食なら、わたしを太らせて食べる可能性は低いとみてもいいか。
「我はここに在りて役割を為し、あやつらもまた役割を為すだけのこと」
「え?」
「役割がなければ存在することが叶わぬ故であり、巣を清潔に保つことは我らの習性のようなものであるからして、ルインが気に病まれることはないぞ!それに我、清潔な巣の方が良いし!」
「だったら自分で掃除すりゃいいじゃないですか!」
掃除にダメ出しをするヴェヒターにイラッときたが、「我の役割ではない」と宣いやがった。
「………この家に、わたしが住んでいても良いんですね?わたしに危害を加えたり食べたりしませんよね?」
「無論である!」
「後になってお金とかその他諸々請求したりしませんよね?」
「…ルインはちょっと疑り深いと思うのである」
呆れたように呟いたものの、好きで巣を整えるついでなのだからそのようなものは求めないと言質をとった。
「……そうですか…」
いつかこの家が魔蟲であふれる日がやってくるのかもしれない――――――でもそれはわからないし、そうなるとしたってまだ先。今ではない。
頭の中の天秤は、音を立てて傾いた。