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小間使い


 面倒がることもなく快くパン作りを了承してくれた女子力魔蜂。

 実にありがたい…………のだが、張り切った彼女らはパンはもちろんのこと包み紙やリボンにもこだわった。

 わたしが用意した物では納得してくれない。自分の目で選びたいという頑固職人染みたものを感じた。

 しかしそこはどこぞの魔蜂とは違い、気を使うことのできる女子力魔蜂たち。こちらの顔色を伺いながら『あ、これでも良いですよ、大丈夫です、ええ』みたいな雰囲気を醸し出してくるのだ。

 だがちょっと待ってほしい。彼女らは無償でこの依頼に応えてくれていることを忘れてはならない。

 何の得もないというのに、パンを作り、美しく包装することまで考えてくれる。そんな彼女らの心意気を、わたしへの気遣いなどというもので水を差して良いのか――――――――――…………?


 小難しく考えた結果、わたしは彼女らとともに町へ繰り出すことになった。

「連れ歩く魔蟲が増えているぞ……」

「何をする気だ?」

「大丈夫なのか?」

 ざわめく周囲。あちこちから飛んでくる視線と囁き。

 それらに耐えつつ、二匹の意向を伝えるヴェヒターの囁き声に集中するという、今までにない種類の疲労を感じた。


 耐えろ。耐えるんだ…………

 二匹の気遣いに甘えていればよかったなんて今更考えても遅いんだから受け入れろよちくしょおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!! 何とち狂ってんだよぉぉぉぉぉぉとか思うな自分んんんんんんんんん!!!

 

 …………心の中で絶叫するくらいは許されるはずだ。

 しかし、精神的疲労を蓄積させたのはわたしだけではなかった。


「可愛いで攻めるか、上品で行くかで少々揉めたのだ。最終的には力比べて勝った方の意見が通った……」


 女子力っていったい……と呟くヴェヒターの後ろ姿に哀愁を感じた。

  






 パーティが到着するという日。ギルドに向かえば、馬車を用意する人たちに混じって外に受付嬢が立っていた。

 こちらに気づくと、心配そうだった顔がパッと華やぎ、次いでムスッとしたものになる。


「遅いです!」

「はぁ、すみません」

 

 プンプンしていたので、サッと綺麗に包まれた依頼品を差し出した。

 受付嬢はしばらくジロジロと依頼品を眺めていたが、やがて満足したのか笑みを浮かべて受け取った。合格点をいただけたようだ。


 「依頼終了のサインは後で!」と、弾むような足取りで入っていく受付嬢の背中を尻目に、わたしは建物の陰に回り込む。事前に用意していおいた空き樽に足をかけ、慎重に上に乗った。


「おぉ……、結構人がいる…………」


 普段ギルドでは見かけない町の若い女性たちがきゃあきゃあと楽しそうにしていた。その中心にいるのが有名なパーティとかいうやつだろう。顔立ちは整っていて女性たちへの対応はやわらか、防具や武具もピカピカだ。

 普段このギルドでダラダラしている冒険者といえば、革の胸当てに薄汚れたマントが定番なんですけど。そんな彼らは今、壁際で存在感を消している。

 

「実力もあって顔も良く、王宮の覚えも目出度い…………だっけ?」

 

 そんな有名人を護衛に雇うとは、研究施設とやらは資金が潤沢なのかと思えば、他領に調査を向ける場合に冒険者が雇われることはよくあると教えてくれたのはダリウスだ。

 王都の貴族や騎士だけを向かわせるのは、ある種の緊張状態を生み出し、思わぬ火種になりかねない。

 その点、冒険者ならばギルドを通した依頼として体裁が整えられるし、兵士や騎士が乗り込むよりはまだ受け入れられやすいというわけだ。有名どころを選ぶと歓待される上に情報収集も楽になるそうだ。

 

 冒険者といえば、危険だったり誰もやりたがらない依頼を受けたりというイメージだったが、彼らのようなタイプの冒険者もいるのだなと感心した。

 確実に人生勝ち組だ。ライヒェンギルドにたむろしているのとは天と地ほど開きがある。


『俺も昔他領への護衛を受けたことあるんだ。これをダメにする前は、そこそこに活躍して名が売れてた方だったんだぞ』と右足を叩きながら言っていたダリウスを思い起こす。彼の怪我は日常生活には支障ないが、戦闘となると難しいのだとか。


 わたしは遠目にマジマジとダリウスと有名人パーティとを見比べた。


 ……顔面に差がありすぎるな。

 もしダリウスがその立場だったとして、あんな風に囲まれることは無いのでは……いや、絶対に無い。むしろ遠巻きにされていたに違いない。


 あ。ダリウスがわたしに親切なのは、もしや魔蟲のせいで遠巻きにされているわたしに、過去の自分を重ねているからとか?

 なるほど。一つ謎が解けた。


 

 さて、無事に依頼品を納めることができたし、有名パーティの顔も一応見ることもできた。もう用事はないので退散するとしよう。

 実のところ、研究施設の職員に魔蜂が見つかると面倒そうなので、万が一を考えてイルメルダはお留守番させた。本当ならヴェヒターも置いてきたかったのだが、それを良しとしなかったため、仕方なく革袋の口紐を絞めて連れてきたのだ。

 …………でもさすがに、長時間狭い袋に入れとくのは気が引けるな。


 空き樽から下り、そんなことを考えながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。


「あ、すみません」


 顔を上げたわたしは、思わず動きを止める。


「―――――お前……」


 こちらを見て驚いた様子だった相手の目が細められる。  


「小間使い科の…………沼ネズミだったか……、何故ここに? いや、学園の外にいるということは卒業したのか」


 疑問を口にしつつも勝手に答えを導き出して納得している。元よりわたしの答えなど期待していないのだから当然だ。

 相手がわたしを見知っているように、わたしもその顔にうっすら覚えがあった。確か、下位貴族の三男か四男だったか。


 引きつる頬をなんとか笑みの形に整えながら、片手をそっと自分の腰辺りに下ろした。腰帯に結わえた革袋に手を添える。その口紐はしっかり縛られていた。


「…………学園を卒業した後、色々ありまして現在はこちらに身を寄せています……」


 できるだけ控えめにしてみせると、相手は唇を歪ませたあと胸を張った。


「働き口にも困るとは、平民は大変だな。私など、こうして重大な役目を任されているというのに。ああ、平民の苦労話など聞いてやる暇がない。何せこれから領主へお目通り願いに行くので忙しいのだ」


 そう自慢気に告げ、白いマントを翻した。

 そっとその動向を見守れば、彼の他にも同じような意匠のマントを身に着けた集団の方へと向かっている。ギルドから出て来た例の人気冒険者たちと一言二言会話を交わすとそれぞれ用意されていた馬車や馬に乗り、領都の方角へと去って行った。





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