ぶれない蜂だな!
無事に洗髪剤をお披露目出来て、わたしは気分よく外への扉に向かって歩いていた。新たな金儲けの予感に、少しばかり足取りも軽かった。
「――――――もうじき、有名な冒険者パーティが来る予定なんです」
浮かれてはいたが、唐突なその発言が聞こえなかったわけじゃない。
ただ、発言主は受付嬢だった。故にそれが自分に向けられたセリフだと気づかずとも非難されるいわれはないと思う。
だが、受付嬢はキュッと眉根を寄せ、不機嫌さを明確にして睨みつけてきた。
「聞いているんですか?」
「…………わたしに言っています?」
「他に誰もいないでしょう!?」
そう言われて辺りを見回す。壁際にそれぞれダラダラ座っている冒険者たち。カウンターの向こうで仕事をしている職員。
なるほど、珍しくもわたしに話しかけているのかと理解して、受付嬢に顔を向けた。彼女がちょっと怯んだのは、ヴェヒターが革袋ではなく肩の上に乗っているせいだろう。
普段ならばそのまま見なかったふりをするだろうに、その場に踏みとどまった彼女はキッと顔を上げた。
「今度来るのは、王都に拠点を持つパーティなんです。実力も折り紙つきですが、メンバー全員が優秀で、もうじきSランクに手が届くのではないかと実しやかに囁かれています。まず、彼らのリーダーですが―――――」
受付嬢の口から垂れ流される情報量が多すぎてちょっとビビる。
名前はともかく、メンバーの出身地とか趣味嗜好とか武器を作ったのがどこどこの職人とかいう情報って不必要なんじゃないかな。
もしかすると、興味がありそうな表情を取り繕うのが礼儀なのかもしれない。
しかしまったくそんな気にならない。微塵も興味が沸かない。
数十分後、ようやく彼女の口から「ここからが本題なのですが」というセリフが聞けたので、遠くを見ていた目を彼女に映す。
「彼らに、以前いただいたパンを差し入れたいんです」
どっしりパンは、非常に美味しかったそうだ。(帰ったらコルトゥラとクフェーナに伝えよう)
普段食べているパンよりは少し柔らかいものの、中に入った木の実や果物のおかげで噛みごたえはあり、噛めば噛むほど味わい深くなる。美味しい物を食べて満足したせいか、翌日はどことなく体調も良かった気がした――――――そこまで話した受付嬢は、グッと声と体に力を入れた。
「あのパーティが! こんな何もない! 寂れたギルドにまで足を運んでくださるんです!! せめて美味しい物を食べてもらって少しでも疲れを癒してほしいと思うのは当然でしょう!!!」
職員が「寂れたギルド」って言っちゃってるよ…………!!
彼女の背後で他の職員が引きつった笑みを浮かべているが、誰も注意しない。わたしも傍観側に回りたい。
「疲れを癒すって、お宿とか食事処とかじゃ……?」
ふと沸いた疑問を口にしたら、極限まで見開かれた受付嬢の目にギョロリと睨まれた。
「…………そういうのは領都でやるんです。ライヒェンに満足のいく歓待ができる宿あるいは食事処が存在するとお思いですか?」
「思いません。ごめんなさい」
「それに、そんなの手配しただけじゃあ私の気持ちが伝わらないじゃないですか。やっぱりここは目を引く贈り物を手渡しして他と差をつけなきゃ…………!」
……絶対そっちが本音だ……。
どうやら、彼女は若干ミーハーであったらしい。勢いに押された形で頷いたところ、瞬く間に正式な依頼の形に整えられたので、書類にサインした。
満足げに受付嬢が立ち去るのと入れ替わりに、苦笑したダリウスがやってくる。
「人気のあるパーティが来るのは久々で、若いのが浮足立っちまってな…………、すまんが大目に見てやってくれ」
「別に構いません」
依頼という形式をとってくれたので、微々たるものでもお金になるしと計算しながら頷く。
「それでな。嬢ちゃん、熊の亜種を覚えてるか?」
「もちろんです!」
大金を支払ったあの喪失感を忘れるはずがない!
珍しい魔獣の亜種とみなされて研究施設行きとなったが、捕らえられたビジュールたちの供述から、ただの熊が大量の魔素の影響で変化したものだと判明した残念案件である。
「今度、王都の研究施設から調査員が来る。さっき言っていた有名どころパーティがその護衛だ。魔素の泉の調査と、ついでに魔獣の生態なんかも調べたいらしい。転移門を使ってギルドに顔出ししてから領都に向かう手はずだ」
「魔素の泉に関しては領都の方が調べたという話ではありませんでしたか?」
「報告は受けても自分の目で確かめたいじゃねぇのか? まぁ、領都から許可は出ているからな…………」
なるほど、とわたしは頷いた。
その間、魔蜂が目につかないようにした方が良いという助言だな? ありがたく受け取っておこう。
そして、熊について最終処分に関する手続きが求められているとも教えられた。面倒なのでギルドを通して処理してもらう方向でお願いしておいた。
皮も肉も骨も要らん。手数料が引かれようが、換金一択である。
「頼まれたパンはルインが作るのか?」
「いえ、コルトゥラとクフェーナに作ってもらった方が間違いがありませんから」
失敗して、特殊軟体生物に食べさせるのも気が引けるし、依頼ならばできるだけ質の良い物を納めたい。
「また“貸し”にしようと思っているのか」
「そういうつもりはないんですけど」
強いていうなら、ちょっとあの必死さに押されたというか。
受付嬢は、話しながらも途中チラチラとヴェヒターを気にしていた。やっぱり魔蟲が嫌いだし、きっとわたしに頼みごとをするのも本意ではないだろうに、自分の好きなものの為に行動するその姿が、少しだけ好ましいと思った。
学問でも、仕事でも、遊びでも、例えば今回のように憧れに起因するものでも、そういう熱意というか夢中になれるものを胸に秘めている人というのは、時に鬱陶しくもあり、そして羨ましくもある。
そのせいか、つい…………そう、本当についとしか言いようが無いのだけれど、手を貸してしまうことがある。魔獣バカにしてもそのせいで度々面倒だと思いながらも関わってしまったようなものだ。
わたし個人は、今の自分に何も不満はない。
夢中になれるものがなくても、それで困ってないし、無理して探すのも何か違う気がするから別に良いのだが。
ただ、ほんの少しだけ、自分が薄っぺらな気がしてしまうことがあるのも事実で――――――――――
ちょっとしんみりした気持ちでいると、「相わかった!」とヴェヒターが叫んだ。
「ルインは我に夢中になると良いぞ!!」
ぶれない蜂に、ぶはっと吹き出してしまった。
くっ……、不覚…………!