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女子力って何を指すのか


 

 ギルドに納める品をどうしようか迷ったけれど、もっとも流通している傷薬にした。当たり障りない物の方が評価しやすいだろうし、これなら森で採取したもので賄える。

 

 調合室にこもり、乾燥させておいた薬草を鍋に入れて煮る。魔素入り朝露は魔素を取り出すため分離機に入れてハンドルを回す。


「あー…最新型の器具が欲しい…。でも魔石がないと動かないからなぁ」


 魔石は高い。そんなお金どこにもないので人力だ。


 時間をかけて煮詰めた薬草は、鍋の中で緑色のドロドロになった。

 盥の上に清潔な荒布を敷き、その上に鍋の中身を流す。慎重に荒布の端をまとめて包み込み、ギュッと絞るとジュッと音を立てて緑色の液体が盥に零れ落ちる。布を代えて三回ほど繰り返したら、絞り切った塊を新しい鍋に入れ、抽出した魔素を分量きっちり加えてとろとろになるまで煮る。粗熱が取れたら出来上がり。


「できた…」


 10本分の傷薬になった。

 3本ほどギルドに納めれば良いみたいなので、あとは依頼書を確認すれば良いだろう。

 

「んー…、これはこっちに保管しよう」


 盥にたまった緑色の液体は容器に入れて保管庫に保存しておく。

 これで、採取した分がほとんど無くなってしまった。こんな調子では生活するのも難しい。

 

「やっぱり畑に薬草植えてみようかなぁ……」

「ルイン!ようやく出てきたのだな!」


 1日籠っていた調合室から出ると、すぐさまヴェヒターが飛んできた。

 

「我を締め出すとはなんたることか!」と怒っているが、薬をつくる際に周りでブンブンうるさくされてはたまらない。


「ん……?何の匂い…?」


 香ばしい匂いが、半日何も食べていない現実を思い出させる。


「食事である!」

「…そんな上等な物はウチにはありません」


 この家にあるのは、未だにカビすら寄せ付ける気配の無い堅パンと製法の誤った干し肉だけである。食事などという上等な状態の物はない。ちなみに、森で採ったものは既に消化済みである。

 

 ……だというのに、確かに美味しそうな食べ物の匂いがする。

 先を行くヴェヒターにふらふらとついていったわたしは、居間に足を踏み入れた瞬間に硬直した。


「ええ…!?」


 質素なテーブルには真っ白なクロスがかけられ、どこから用意したのか花が飾られている。器に盛られた葉野菜サラダ。スープの入った深皿からは湯気が立ち、わたしの堅パンではない丸いパンがバスケットに載っている。


「……誰か来たの……?」


 この辺で知り合いといえば、先日行ったギルドくらいだ。彼らが来たとしても、このような準備をするほど気安くないし、それはそれで怖い。


「コルトゥラとクフェーナである!」

「……誰?」

「あそこに控えておる」


 振り向けば、厨房の入口に2匹の魔蟲が居た。

 ヴェヒターよりも一回り大きく、丸い。黒色の配分が多いだけで、ヴェヒターと同じ蜂、のような形に思える。が、問題はそこではない。

 

「なにあれ」

「うむ…。ルインの生活がひどい上に、我の役立たずぶりが気に入らんと我を散々ディスりにやってきた。あやつらは女子力を磨いたと宣っておる……が、並み居るものどもを蹴散らしてここへ至った猛者でもある故、我は今、女子力が何を差すのか図りかねている」

「ごめん意味わかんない」

「安心召されよ。我も、女子力ってなんだろう?我をディスる力だったか?と悩んでいるところであった」

「いや、だから…、ひぃっ!?」

 

 ひそひそ話していると、ひゅんっと音を立ててヴェヒターとの間をナイフが通り過ぎ、そのまま壁に突き刺さった。

 

「…えーと、『早く席に着け』と言って……あ、痛!正確に伝えろとは!?意味は同じであろう!」


 細い脚で器用にナイフを掴む一匹がヴェヒターを襲っている恐怖を目の当たりにし、声に出ない悲鳴を飲み込んで椅子に座った。

気絶とかできればいいのに、土壇場で無駄な頑強さを見せつけてくる己の精神力が恨めしい。

 『スープが冷める前にお席に掛けてください』と丁寧に言いなおさせられたヴェヒターはひどく疲れた様子だった。

 一匹が近づいてきて、何故か白い布を膝にかけられる。膝掛にしては薄くて防寒に役立ちそうにない。そもそも今は初夏だ。しかし下手に刺激する気にもならないので黙っておく。


 卓上にあるのは普通のスープに見えるけど、人間が食べても大丈夫なのだろうか。そもそも、食事を用意したって、この蜂二匹で用意したの?どうやって?火とか扱えるの?ナイフさばきは素晴らしそうですけどね!?

 疑問はたくさんあった。魔生物が人間の営みを真似ただけなのか。だとしたら味は酷そうであるし、何より不気味極まりない。

 ―――――が、未だナイフを持ってヴェヒターに向けている蜂が視界に入っているのを見ると、食べないという選択肢は浮かばなかい。

震える手で器を持ち上げた。


「―――――ん?」


 思い切って口を付けたスープは、程よい塩味で疲れた喉をするりと通った。

 ここ数日まともな食糧が入ってこなかった胃が暖まり、身体から力が抜ける。

 パンは焼き立てらしくほかほかで、齧りつけば容易く口に納まる。

 あっという間に、どの器も空になった。

 

 ……不気味に思っていたのに食欲に負けてしまった……。


 自己嫌悪に浸っていると、じぃっと見つめてくる二対の黒い目に気づく。


 …うーん…。

 魔蟲がつくったものなんて食えるか!とか考えていたのに平らげた。その時点で意地も虚勢も意味はない。食べてしまったものは元に戻らない。


 そんなわたしが言えることは一つ。


「……美味しかったです。ごちそうさま」


 二匹は顔を合わせると、汚れた器を脚で掴み厨房へ去って行った。



「初顔合わせ終了であるな」


 うむうむと頷くヴェヒターを、両手でわしっと掴み(から)の革袋に入れ、頭だけ出してキュッと袋の口を締めた。


「ぬ?何をする?」

「ちょっとお話し合いが必要だと思うんです」

「相互理解という奴であるな!……したが、何故我を袋に入れる?」


 不思議そうなヴェヒターに、にっこり微笑む。


「気分です」


 断じて八つ当たりではない。

 



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