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花の香りを放つおっさん


 

「いらっしゃいルインさん! 待っていたわ!」


 始めて入るギルド長の執務室。両手を広げて大歓迎をしてくれた新ライヒェンギルド長ティオーヌに、わたしは軽く挨拶した。

 

 ティオーヌから洗髪剤のお披露目会を打診されたのはつい先日。色々溜まっていた仕事を片付けたのだと嬉しそうに告げられた。

 こちらとしても、本人が良いというなら否やはない。さっきチラッと見ただけだが、職員も増えたようだし、受付嬢の巻き具合も元に戻っていた。さすがティオーヌ、仕事が早い。


 正式にギルド長となったティオーヌは部屋を移動していた。以前の部屋よりも広いし立派だ。長いこと名ばかりで使用されていなかったという部屋の調度品には傷ひとつない。


 立派なテーブルの上に持ってきた洗髪剤を並べる。イーサンがつくった型枠できちんと形も整えた試作品だ。


「これは髪専用の石鹸です。花蜜の種類によって香りを変えてみました」

「髪専用……? そんなの要るか…………?」


 ダリウスの疑問はもっともだ。髪なんて水浴びするときに頭から水被って濡らして終わりというのが平民の常識。石鹸を使うだけでもちょっぴり贅沢だし面倒と思っているのに、髪専用など不要だと思っているのだろう。

わかるよ、その気持ち!


 しかし、おっさんは女子の美に対する貪欲さを知らない。わたしだって、学園でキラキラした女子話を小耳に挟んでいなければ商品化しようとか思わなかっただろう。

 女性は美容の為ならばなんでもやるのだ。そこに勝機はある、と思う。



「そうですね……、とにかく効果のほどを確認してもらった方が良いですよね」


 一から説明やら説得やらするのは面倒だ。事前に桶や水は運び入れてもらっている。

 

「じゃ、ダリウスさん、ここに座って下さい」


 試作品をひとつ手に取りながら、わたしはにっこり微笑んだ。



 数分後、ローゼの香りを放つおっさんが誕生した。



 ヴェヒターが革袋の中に頭をひっこめる。

 おっさんとローゼとの組み合わせが絶望的に合わない事実が確認できたなぁ、うん。

 男性用として作ったツィトルではなく、何故ローゼなのか……単なる出来心である。


「……嬢ちゃん」


 ティオーヌの前で花の香り纏うおっさんと化してしまったダリウスから絶望すら漂う声音が漏れ出たが、サッと目を逸らした。

 


「まぁ!」


 ティオーヌが興奮気味に顔を近づけたせいで、カチンとダリウスの動きが止まる。


「良い香りね……。香水よりも好きだわ」


 ふんふんと鼻を鳴らす音がこっちまで聞こえてくる。

 首まで真っ赤になって硬直するダリウス。

 …………うーん。さすがに少しばかり気の毒になってきた。

 仕方がないので、ティオーヌの興味をこちらに向けてみることにした。


「使い続けたら、こんな感じになります」

「まぁ……! まぁまぁまぁ!!」


 目をまん丸にして、口元に手を当てたティオーヌが目標を変えて近寄って来た。


 いつも適当に束ねている髪紐をほどけばサラリと肩に零れ落ちるわたしの黒い髪。日々繰り返される魔蜂のお世話によって艶々だ。

 わたしですら、最近手触りが違うなぁと思うほどだ。自分で手入れしてたらこうはいかないけど。それ以前に手入れする気にならん。


 興奮気味のティオーヌの指がわたしの髪に触れた。


「凄いわ。綺麗なだけじゃないわね。しっとりしているから髪を結いやすい……」


 ブツブツと呟く顔は真剣そのものだ。


「売り出すならやっぱり女性が対象ね」

「ツィトルなら、男性でも使いやすいですよ」


 ツィトルの洗髪剤を指さして告げれば、早速その香りを嗅ぎに近寄っていった。

 ようやくぎくしゃくと動き出したダリウスもティオーヌを目で追う。「これは爽やかで良い香りね」と微笑むティオーヌを凝視し、「なんで俺にそれを使わなかったんだ」と小さな声でぼやかれた。

 





「最初は領地の貴族を相手に商売した方がいいと思うの」


 流行は上から発信するべきなのだそうだ。

 下々の者が先に使った物は、よほど良い物でなければ上の立場の人間は使わない。


「逆に、貴族が身に着けている物、食べている物、使っている物なら、きっと良い物に違いないという心理も手伝って流行るものよ」

「そういうものですか」


 あんまり興味が無い分野なので、その辺は全部ティオーヌにお任せしよう。

 貴族用とあって、最初考えていた金額よりも高価になった。ちょっと驚いたが、ある程度高価にしなければ、軽い扱いを受けるどころか手にも取ってもらえないという



 


 食べ物じゃないから、ティオーヌに『鑑定』してもらうのは難しい。食べても大丈夫だけど、さすがにそんなことお願いできないから、無害かどうか調べてもらう必要がある。


 本当のところをいうと、自分以外でも試作品の効果のほどは確認できていたりするんだけど、ギルドに試してもらって、お墨付きをもらえるならその方が良い。


 わたしの次となった実験体は、ちょくちょく我が家にやってくるライリーとドナだ。彼らがやってくると、魔蜂による丸洗い大作戦が行われる。

 まるで生まれ変わったようにピッカピカになった彼らはパンケーキを頬張り、聞いてもいないのに畑の話をして帰っていく。そして数日後にまた汚れてくるのだ。

その度に淡々と丸洗いをする魔蜂たち。ずっと洗いたくてたまらなかったのか。たぶんそう間違っていない気がする。


 ちょっと遠い目をしているうちに、ダリウスが机の上などを片付けた。そろそろお開きか。

 無事にお披露目を終えて安堵したのだった。




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