謎を解決しよう 4
薬をつくるのには、根気と熱意が必要だ。
さらに無から有を生み出すためには、偶然と幸運と時間が必要だと思う。
一つでは害がない植物も、他の材料と合わせれば猛毒になるかもしれないし、その逆も当然ある。
いまでこそ公開されている傷薬のレシピ一つとってみても、遠い過去の先人たちによるたゆまぬ研鑽と労力と熱意と時間によって構築され、その後危険性が極めて少ないことや万人に効果があることを証明されている。
わたしのような底辺薬師には到底辿り着くことのできない高み。先人の偉大さに畏敬の念を抱かざるを得ないまさしく偉業。
己の身の程を良く知るわたしとしては、自分の手で新薬を開発しようなどという気持ちはこれっぽっちもない。
そりゃあ、成功すれば一攫千金とか夢想したことくらいはあるが、偶然にでもそんなことが起きれば、色々と怖いところに目をつけられそう。下手を打てば人生終わりだよねぇーとか一笑に付した。
「そんなどこまで行っても底辺薬師なわたしが、魔蟲専用の薬を調合することになるなんて、夢にも思わなかったなぁ! 本当に!!」
「あ、そこ、もう少し優しく煮詰めると良いぞ」
やけくそ気味に大匙で鍋をぐるぐる掻き混ぜていれば横からヴェヒターが指示を出され、少しだけ混ぜる手を緩める。
「…………本当に大丈夫なんですか? これ」
鍋の中のどろりとした黒い物体を覗き込みながら、わたしは呟く。
摘んだばかりの新鮮な薬草、朝露から抽出した魔素、それから痺れが残るキノコや毒素のある磨り潰した木の実などなど。家に無かった材料は、魔蜂が採ってきてくれた。最後にヴェヒターの手で追加された謎の黒い物質については本当に何かわからない。
大体にして、薬草は一度乾燥させなければ苦みや渋みがひどい上、効果が強すぎて副作用を起こすため、必ずひと手間かけて乾燥させるものだ。
生の薬草を刻んで鍋に入れた時点で既に人間用ではないと判断していたが、次々に追加される材料に、もしやこれ“薬”に分類される状態ではないんじゃないかと疑ってしまう。
「魔蟻の上位種は頑丈であるからの。普通につくるのでは効果が薄い」
半信半疑だが、作ると決めたからには最後までやり遂げる心づもりは一応ある。
しかし、だ。
「……何か珍しい発想とか手順とかあるかなぁと期待した分落胆がひどい…………こんなの、どう考えても人間には使えない組み合わせばっかりじゃないですか…………」
この鍋も匙も、もう他の用途で使えない。どれほどきれいに洗浄しても、一度毒素のある素材を扱ったものなんて使えない。
図らずもここに魔蟲薬専用器具が誕生してしまった。なんてことだ。
「魔蟲専用薬師として華々しくデビューすればよいではないか」
「…………まったく需要が無いばかりか、頭がおかしい烙印押されて終わる未来しか予想できませんねぇ! あははははははははは!」
「楽しそうだな、ルイン! 我も楽しいぞ! わはははははははははは!」
調合室で異臭を放つ鍋を囲んで笑い合う一人と一匹は、後で考えてみれば異様だったろう。
切ったり煮込んだり混ぜたりして、薬は完成した。
大鍋いっぱいだった嵩は減り、残ったのは手の平に乗るサイズの壺一つ分。大分材料費がかかるタイプだ。
「…………そういえば、傷ってどの程度の大きさ何ですかねぇ」
「傷の大きさは然程問題ではなかろう」
「いやいや、問題でしょう!」
庭に現れた魔蟻サイズで考えていたが、レーゲンの例もある。魔蟻の上位種があんな巨大だったら、傷だって大きかったりするんじゃないの? そうしたら確実に塗り足りない。
ちょっと試し塗りして様子見てもらって、その間に追加で作るしかないのか…………?
「何を言っているのだ、ルイン。これは飲むのだぞ」
庭でずっと待っていたらしい魔蟻に壺を渡しながらヴェヒターがそう言った。
「…………飲む?」
「うむ」
「………………………………これを?」
「うむ」
わたしは混乱した。
「ちょ、だいじょぶ? 実は治療に見せかけた毒殺目的? それでその罪を全部わたしひとりに押し付けるつもりとか?」
「そんなまだるっこしいことする理由は無いがのぅ」
動揺している間に、壺を持った魔蟻はさっさと穴に潜っていってしまった。
本当に大丈夫なのか…………?
遺されたわたしは不安に駆られ、止められなかったことを結構後悔した。
――――――数日後。
わたしの心配を他所に、魔蟻がひょっこり庭に現れた。
その魔蟻はレーゲンに吹き飛ばされた魔蟻と同一個体らしく、ヴェヒター通訳によれば地上との連絡係を任命されたらしい。なんか誇らしげだ。
「経過は順調だそうだぞ」
教えられ、ほっと一息つく。
魔蟲争いが勃発することはなさそうだ。良かった、良かった。
え? 回復した暁には巣穴にご招待いただけるって? 謹んで辞退申し上げますよ?
にっこりキッパリお断りを伝えた横で、ヴェヒターがブンブン羽音をたてて魔蟻の興味を引く。
「良いか、これは主らに対する貸しだぞ? いずれ何らかの形で返してもらうからの!」
なんかあくどいこと言っている!
結論から言えば、鍋やら大匙やらを一式ダメにしたが、他に目立った損も害も無い。たまに連絡係の魔蟻が顔を出す程度で、我が家に棲む魔蟲数が増えたわけでもない。
これはもしかして――――――――――
「…………平和的円満解決といってもいいのか…………!?」
「うむ! 名探偵・我! のおかげだな!!」
目の前に飛んできたヴェヒターが、ビシッと決めポーズをとり、薬草泥棒に端を発する一連の事件はこうして穏やかに終息したのだった。