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閑話 小さな町ライヒェン

 ライヒェンは小さな町だ。

 遠い昔、転移門が設置される領地に新たに町ができると聞き、豊かな暮らしを夢見た民が移り住んだのが始まり。

 しかし、新しい土地での生活はそんな希望溢れるものではなかった。すぐ傍にある領都との関係は最初から悪かったと聞く。向こうからすればこちらの住民は押しかけて来た余所者だ。魔石を巡っての諍いが多々あったらしい。


 頼みの綱はシュタネイルで採れる魔石のみ。それが徐々に採れなくなると同時に町は寂れていった。聡い者はさっさと出て行く。他領へ居を移すにはかなりの伝手と金が必要だ。ぐずぐずしているうちに金が底をついた家や他に行く宛ての無い家は残った。住人の数でいえば、小さな村といってもいい。


 不安があろうがなかろうが、昼の女神も夜の男神も人の生活に関係なく時を刻む。月日が重なれば、色々なことが少しずつ変化していった。

 特にここ数年、新しく就任した副ギルド長が領都との仲を取り持ってくれたこともあり、平民の間では徐々に行き来も増えた。転移門と同時期に建設されたギルドは常に王都寄りの姿勢を崩さず、領都との軋轢を生じさせていたが、それはお偉い方々の問題で、下々は関係ないと思えるようになってきた。


 そんなある日、転移門が開いた。

 王都側からこちらへ、転がるように出てきたのは昏い色の髪と目の娘。落ちくぼんだ眼窩、青白い顔色。こけた頬。ほぼ身一つのその様子は、一目で訳ありなのだろうと思わせた。

 そのまま領都へ行くのかと思われていたその娘は、町の外れにある、長いこと誰も住んでいない家に住み着いたのだ。家の近くを通ると不気味な声を聞いただとか、誰もいないはずの家の中で何かが動いただとかいう噂もある曰く付きの家だった。


 どうやら娘は薬師であるらしい。

 この町にいる薬師はマリーヤだけだ。マリーヤは魔素をみることができたため、幼いころ薬師に預けられ、その跡を継いだ。今のように国の認定など必要なかった時代の話だ。

 近年、いくつかの特殊な職については、一定期間学園で学び国が認める証を必要とする法ができた。

 「あたしが娘っこのときに定められなくて幸いだよ。薬師なんざ師匠に弟子入りするだけで十分だからね」などとマリーヤが言っていたのを覚えている。


 新たな神子様がおつくりになられた治癒術が王都で流行ったことによって王都から薬師が出奔しているようだとも耳にしていたが、問題だらけのこの領地へやって来ずとも、もっと良い場所はいくらでもある。

 こんな田舎に飛び込んでくるには、それ相応の理由があるのかと勘繰ったが――――――疑問は早々に解消された。


 娘は魔蟲を飼っていたのだ。

 魔生物を使役しようとする者は稀に存在するが、魔蟲を望む者など聞いたことが無い。

 大体の魔生物は、元となったモノとあまり性質は変わりないと言われるが、その元となる虫の生態自体がよくわかっていない。皮や肉になる獣ならばともかく、小さな虫に注意を払うものなどいないからだ。

 魔蟲は、こちらから攻撃しなければ大人しいとも言われている。だが、彼らは基本的に数が多く、体液で仲間を呼ぶともいう。腕に覚えのある冒険者でも魔蟲には近づこうとはしないのだ。”わからない”ということは不安と恐れを大きくするものだ。


 元が寄せ集めの町だからこそ、住人は余所者に対して寛容な方だ。勿論、罪人や和を乱すような者であれば論外だが。

 ただ、あの娘については対応に迷うところだった。副ギルド長から「問題は無いと思う」と伝達されても、魔蟲に対する恐れもあって遠巻きにしてしまう。

 あの家は魔蟲の巣なのだという噂も出回って、家の傍にある森に入る者も少なくなってきた。最近では、度胸試しに森の薬草を取りにいくという者が出るくらいだ。

 まぁ、うちの店に来るようになって話をするようになれば、礼儀も知っているし魔蟲で威嚇したりすることもないと知れた。その話を周囲にしてやったりもしている。


 薬師としては、良く出回る傷薬は作れる程度だと娘自身から聞いていた。

 だから、魔蜂を使って甘味を作ったと聞いたときは驚いたのだ。

 そのような魔生物の使い方など聞いたことが無い。魔生物を飼うは、権威を見せびらかすためとか、戦闘で使役するためのものだ。魔生物を使役して何かを作り出すなど、考えたこともない。


 とりあえず害が無さそうだと認識されてきてはいるが、肉を買った娘が魔蜂たちに荷物を持たせ、手ぶらで意気揚々と歩いて行ったとか、あの娘がいつも連れ歩いている魔蜂に時折話しかけている様子だとか、おかしな歌を一人で歌っていただとか、絡んできた冒険者をのしたらしいだとか…………、とにかく静かだった町に話題を提供してくれる。そんなことだから、いつまで経っても遠巻きにされるのだ。


 最近、ギルド長が代替わりした件にも、実はあの娘が関与しているらしいという噂もある。

 代々のギルド長は王都の人間で、常に王都寄り。当然ライヒェンのことなど一切気にしない。ギルド長の息のかかった者はあちこちにいて、領都から見放された町で好き勝手に振る舞っていく。

 ギルド長の一声で酒場を閉めることになった件では、古くからの友人が随分と荒れた。どこで誰が聞いているのかわからないので口にはできなくとも、ギルド長一派は町中から嫌われていた。


 その王都寄りのギルド長が降り、新しいギルド長にはこれまで町の為に奔走してくれていたティオーヌ嬢が就任した。それに伴い、ギルド長に追随していた何人の姿を見なくなった。


 あのギルド長が失脚したのであれば、この町も少し変わる。

 塞いでいた友人に、また酒場を再開してはどうかと持ち掛けてみるか。


 思いついた案はなかなか良いものに思えた。さっそく、店を閉めて友人の家に向かおうと、アインズは椅子から腰を上げたのだった。





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