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帰って来たティオーヌ


 工房に帰って仕上げをするというイーサンの背を見送った後、わたしはずっと抱いていた疑問をダリウスに投げかけた。


「もしかして、ティオーヌさんが帰ってきたりします?」

「な、なんでわかった!?」

 

 大仰に仰け反られた。

 なんでって…………、そりゃあ盗賊風味だった髭がきれいさっぱりなくなってて、櫛を通したのか髪が整えられているからですが?

 「嬢ちゃんは鋭いな」と感心したように頷くダリウスが、にやぁっと笑った。

 

「今日帰ってくる予定なんだ」


 こみ上げる嬉しさをかみ殺そうとしているんだろうけど、贔屓目に言って想定以上に良い獲物に巡り合った時の盗賊といったところである。

 

 呼び出しはそのためもあったのか。

 意外に細やかな気配りができるおっさんなので、有り得ないことではない。

 例の一件に関わった人間がどうなったのか聞いておくのは大事だし、と思っていたら、ギルドの扉が勢いよく開いた。


「みんな! ただいま!」


 そこには、満面の笑みを浮かべたティオーヌが立っていた。


「ティオーヌさん!!」

「副ギルド長!!」


 わっとギルド職員がティオーヌに群がる。皆嬉しそうに彼女の帰還を喜ぶ。

 ひとしきり、ギルド職員の歓迎を受けたティオーヌが顔を上げた。


「ダリウス。長いこと留守にしてごめんなさい。大変だったでしょう……?」

「…………別に、大したことじゃねぇよ」


 気遣わしげなティオーヌの視線を避けるようにダリウスが素っ気なく返す。胸の前で太い両腕を組み、ギュッと眉根を寄せる姿は一見不機嫌そうだが、緩みそうになる顔を引き締めようとしていると見た。

 そんなダリウスに慣れているのか、それとも気にしていないのか、ティオーヌはにっこり微笑んで「いつもありがとう」とお礼を告げていた。


 



「ルインさん、改めて謝罪させてちょうだい」


 通された執務室で、ティオーヌは真剣な表情でわたしに頭を下げた。

 

「ギルドの登録者に不利益となるよう誘導するなんて……、あってはならないことだったわ」


 ティオーヌのせいではないが、副ギルド長として言っているのだろうから謝罪を受けれる。

 こういうとき、ティオーヌって真面目な人だなぁと思う。口先だけとか、その場しのぎとか、そういうのを感じない。


 謝罪のやりとりを終えると、ちょうどダリウスがお茶を運んできた。暖かいお茶で気持ちが落ち着いてから、ティオーヌはシュタネイルでの一件をかいつまんで説明してくれた。



 ビジュールという老人は、大気中の魔素を固めて魔石を造り出す研究をしていた。誰もが夢物語と嘲笑し相手にしない中、カレラスが現れる。

 カレラスを通じて、シュタネイルで稀に発生する『魔石を抱く魔獣』の存在を知ったビジュールは、その原理を解明できれば、人工魔石を造り出すことも可能なのではないかと考え、研究に没頭する。

 そうして、生活に困窮していたダルト村から人を雇い、秘密裏に研究は進められたが、やがて壁にぶち当たる。

肝心の魔獣が手に入らなかったのだ。


「魔獣を生け捕りにするための特殊な薬が手に入らなかったらしいのね。生け捕りにするのはとっても難しくて、その薬がなければほぼ間違いなく失敗するらしいの」

「対魔獣なら、基本は討伐か撃退ですものね…………」


 魔獣とお近づきになりたいがためだけに、それ専用の薬が欲しいと騒いでいた知人の顔が頭に思い浮かんだ。知人以外欲しがる人間はいないだろうと思っていたが、世の中は広いなぁ。


 以前シュタネイルで発見した熊魔獣の亜種モドキも、ビジュールによる実験体だったらしい。動物を魔素に晒して体内で魔素を結晶化させようとしたが、できたのは価値の低いクズ魔石。しかしクズであろうと魔石は魔石。原理としては間違っていないと確信を持ち、どうにか魔生物を手に入れようとしていた彼らの前に現れたのが、魔蟲を連れ歩く薬師だ。

 然程大きくなくとも、魔蟲も魔生物に変わりない。おまけに、人の手に慣れている。実験にはもってこいだった。


 実のところ、ダルト村の依頼の件をわたしが引き受けなかった場合に備え、ギルド長の息のかかった人間の内では、密かに賞金首みたいな扱いになりつつあったとか説明されて慄いた。


 何それ怖い。

 知らぬうちに賞金掛けられて、周りは罠だらけとか、わたしの人生にそんな刺激は不要なんだけど!



 後は概ねダリウスから聞いていた通りだった。


「ビジュールの研究を利用してみようという一派と、それに反対する一派で揉めちゃって……、そのせいで帰ってくるのがちょっと遅くなっちゃったのよね」


 カレラスは、多額の慰謝料と彼の一族がギルド長の座を永続的に放棄することで王都へ帰ることが決まった。今後オルカディスへの立ち入りは固く禁じられる。

 新しいギルド長にはティオーヌが繰り上がるそうだ。これまで以上に仲良くさせてもらおうと心に決めた。


 ライヒェンにあるギルド長専用の屋敷にある彼の財産はそのまま差し押さえられ、ギルドの資金になる予定だそうだ。


「調べてみたら、かなりの財産をこっちの屋敷に隠していたみたいなの。うふっ」


 ティオーヌの顔はゆるゆるだ。

 良いなぁ、臨時収入。







 老人は牢屋で処罰を待つばかり。王都の研究室が老人の取り調べを熱望しているらしい。

 ちょっと気になっていたダルト村は、村長や今回の件に関わっていた人間は何年か重労働を科せられるらしいけれど、村自体にお咎めは無かった。ロイドが助けを呼んだことが大きい。

 一応わたしからも厳罰は望んでいないと口添えもしていたことが少しは助けになってたら良いんだけど。


 ついでにと、洗髪剤のことをチラッと話すと、ティオーヌが食いついてきた。興味を引くことができたので、今度試作品を持ってくる話を付けて家路についた。




 蜜飴の取引に関してはティオーヌが不在の間納品をストップしていた。取引相手は貴族が多いため、他のギルド職員には荷が重いらしい。

 そういう意味も含め、ティオーヌが無事に戻ってくれた上にギルド長として今後も活躍してくれるのはありがたい。


 悔やまれるのはあの熊だ。

 新種とかならもしかすると研究施設で買い取ってくれたかもしれないと一縷の望みを抱いていたが、それも無いとわかった。完全にあの件に関して赤字だということが決定づけられてしまった。

 いや、頭では理解していたよ? 絶対赤字になるって予想していた。だけどいざそれを現実に突きつけられるとやっぱり心穏やかにいられないっていうか…………!


 つくづく、あの時の自分の行動が悔やまれる。


「せめてギルドに丸投げしていなければなぁ……。蜜飴で大金を手に入って、ちょっと気が大きくなったんだよ、きっと……。分不相応……堅実であるべきだった…………、あああ、お金が欲しぃぃぃぃ……」

「羽虫どもに金目の物を拾って来いと命じるのが早いのではないか? まぁ、奴らはちと理解力が乏しいゆえ、『拾う』と『盗む』の差がわからんかもしれぬが、些末事よな」


 ――――――わたしの肩に悪魔が乗っている!

 甘い提案に頷いたが最後、取り返しのつかないことになるパターンだな!? いや、そんな甘言に頷くつもりはちっともないけどね!

 

 ゴホンと咳ばらいをしつつ、ヴェヒターを窘める。


「ヴェヒター、わたしは犯罪行為に手を染めるつもりはありません」

「ほほぅ」


 ここはしっかりガッチリ宣言すべきところだろう。特にこの斜め上な思考の蜂にはな!


「良いですかヴェヒター。わたしは悪事に手を染めて平然としていられるほど神経が太くできていません。万が一にでも悪事が露見して捕まったらどうしようと日々不安に駆られて憔悴していくことでしょう」

「我、ルインは極太神経の持ち主だと思っておるが」

「認識を改めることを強く要求します」


 わたしのどこをどう見たら極太神経に見えるんだ……!

 睨みつけたら、なんかものすごく戸惑った感じで見つめ返された。なんだその、「思ってもみないことを言われた」みたいな反応は。


 わたしとて、できれば楽して人生歩みたいという気持ちはある。

 絶対的にわたしが捕まらないとか、誰からも恨まれないことが未来永劫確約されているのであれば悪事を働くことも考えなくもないが、“絶対大丈夫”などということは現実にありえないので、そんな甘言には乗らない。

 危険な橋は渡らないのが信条である。

 

 わたしの主張にヴェヒターは少し考えていたようだが、やがてこくりと素直に頷いた。


「相分かった。今後は精一杯気を付けよう」


 話が通じた、だと……!?


「なにそれ逆に怖い……! 嵐でもくるのか……!?」


 鳥肌が立った両腕を手でこすりながら、急ぎ足になったわたしの肩の上で、不思議そうに首を傾げる魔蜂が真っ青な空を見上げ「嵐は来ぬようだが?」と呟いた。




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