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お金は偉大である

その日、マシューが訪ねて来た。


「る、ルインさん、ダリウスさんが、よよよ、呼んで来いって……」


 ほほぅ。ギルドからの呼び出しか。いったいなんの用だろう。緊急ではないというので、後で行きますとだけ返事をする。

 魔蜂たちがちゃんと約束を守ってくれたことが感慨深い。礼儀正しく扉を叩いたマシューは宙づりにされてもいないし魔蜂に囲まれてもいない。実に素晴らしい。

 ひとり頷いていたら、マシューが意を決したような強張った顔を向けてきた。


「……その節は、本当に申し訳ありませんでしたっ……!!」


 ガバッと勢いよく頭を下げられ、謝罪される。

 差し止められていた依頼を受けさせて、人攫いに遭わせてしまったこと。先輩職員の指示に何も考えず従ってしまったことを後悔しているのだと涙ながらに訴えてくる。

 

 まぁ正直なところ、確かに被害は被ったけれど、マシュー個人に対して然程思うところは無い。先輩の指示に反論できないという心境はわからんでもない。新人とか下っ端ってそういうとき辛いよね。

 

 気にしないで良いという意味合いのことを伝え、謝罪を受け入れた途端、脱兎のごとく逃げて行った。

 毎日受付嬢にいびられている割には元気じゃないか。まだまだ余裕あるな。


「――――あ、今聞けばよかった」

「何をだ?」

「怪鳥モドキの件ですよ」


 実のところ、『怪鳥モドキが蜜飴製作者を探していた』という話は、ダルト村への依頼をわたしに引き受けさせるための方便だったのではないかと考えていた。

 だって、あまりにもタイミングが良すぎだよね。


「だから一度マシューさんに確認しようかなぁーって思ってたんですけど…………ほら、あの人こっちの顔見るたびに怯えるから面倒に……いえ、忘れたんですよね……」

「なんぞ怯えられるようなことをしたのか? ルイン」

「どう考えても怯えられているのはヴェヒターですけどね」

「なんと! こんなにかわゆい我なのにっ……!」

「魔蜂に襲われると思ってるんですよ、きっと。まぁそれはどうでも良いんですけど」

「良くないっ!」


 ギルドを通じてきていた面会依頼の中に、怪鳥モドキと思しきものは無かった。

 単に面会依頼を出す方法を知らないのか、それとも名を出すと問題があるのか…………。

 どちらなのか不明だが。


「今更追いつけると思えませんし、ギルドでびくびくしている人に話しかけて注目を集めるのも面倒ですねぇ……」


 うーんと悩んでいると、「我に良い考えがあるぞ」と蜂が発言。


「ツォークに攫ってこさせよう」


 脳裏に、カチカチ牙を鳴らす怖い顔の魔蜂が浮かんだ。

 

「……いや、ツォークいないじゃないですか」

「呼べばすぐ来るが?」


 え、そうなの?

 シュタネイルで別れて以来姿を見ていないのだが、そんな呼べばすぐ来るような場所にいるのだろうか。


「機動力、追跡能力、速度、耐久力もさることながら、鋭き爪で一度掴まれた獲物は確実に巣へ持ち帰る――――――うむ、やはりツォークが適任だな。ばっちりだ!」


 いったいどこがばっちりなんだ。

 さすがに、ただでさえ怯えていたマシューにデカくて怖い魔生物に突然攫われる恐怖を味わわせるのは気の毒になった。

 あと、確実にまたわたしの悪い噂がたっちゃうだろうから、気持ちだけいただいておいた。











「呼びつけて悪ぃな、嬢ちゃん」


 やってきたギルド。通された部屋には、ダリウスの他に見知らぬ男性が一人立っていた。目が合うと少し頭を下げられたので、私も同じように返す。

 ライヒェンに小さな工房を開いたばかりの職人イーサンだと紹介された。


「まず、これを見てほしいんだが…………」


 目の前に用意されたのは三種類の、木を削りだしてつくられた型枠。

 ローゼとラヴェンダルはそれぞれの花を模した形。ツィトルは果実だ。

 型枠の中に洗髪剤をしっかり入れ、反対側の棒を使って押し出すと花の形となって出てくる仕組みだ。

 本物を忠実に再現したそれは、見れば思わず手に取ってみたくなるだろう。なるほど、見た目は大事かもしれない。


「素晴らしいですね!」


 イーサンがホッとしたのがわかった。

 最初、わたしが考えていたのは丸めた洗髪剤に一つずつ刻印を施すという方法だった。家畜の焼き印のようなものをイメージした。

 しかし出来上がってきたのは先ほど説明した型枠。

 発注した依頼内容から大分離れていたため、判断を委ねたかったようだ。


「イーサンは、腕は良いんだがなぁ……。依頼書の指示に勝手に手を加えちまうんだよ。客から依頼したものと違うと文句を言われて依頼自体がダメになることもあるんだ」


 ダリウスの言葉に、イーサンは厳めしい顔つきで少し目を伏せた。あまりしゃべらない人のようだ。背はあまり高くはなく、ガッチリした体格に、シャツとズボンという簡素な格好。


 普通、依頼書に忠実でなければならない。

 例え依頼内容に間違えがあったとしても、それは間違えた側が悪いと依頼書によって証明される。逆に依頼書と異なる物を差し出したら、依頼内容と違う!と怒って依頼料が支払われないとか、差し引かれるとか、とにかくタダ働きになってしまうじゃないか。

 そんな自分にとって不利益にしかならないことを何故やるのか。

 とっても不思議だが、たまに報酬など二の次で自分の好きなように仕事をする人間がいるということも知っている。イーサンもそういうタイプなんだろう。


「仕上がりが悪かったら魔蟲をけしかけられるんじゃないかって怯えるトコが多くてよ、イーサンのとこが引き受けてくれてよかったぜ」

「魔蟲をけしかけたりなんてしませんよ?」


 瞬きしながら小首を傾げたら、揃って目を逸らされた。

 本当にそんなことしないのに……!

 正直なところ、普段の態度から察するに、お願いしたら魔蜂たちは言うこと聞いてくれるかもしれないけどね? でもその場合、ヴェヒターが確実に何かやらかし、結果として更なる災難に見舞われる予感しかしない。よって、その選択肢はわたしの中であり得ない。



 わたしはちょっと考えてから、最初に取り決めていた依頼料に上乗せした額を支払うことにした。

 ダリウスもイーサンも驚いていたようだが、これは今後のためだ。


 貧乏人であるが故に理解している――――金払いが良い人間というのはどこでも歓迎してもらえるのだ!


 これで、また何か頼みたいことがあった場合に、イーサンは引き受けてくれるだろう。


 お金って偉大だよね。

 



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