閑話 美味しい物を食べて眠る
木々に囲まれるようにぽつんと佇む真っ黒な家。
遠目にちょっと不気味に見えてしまうのは、外壁が黒いためだ。煉瓦造りの家とも、石造りの家とも、木材を使った家とも違う。魔蜂たちのいう外壁コーティングは、元々ある木の家の上から特殊な樹液をぶっかけて固めるものなので、傍目にはよくわからない材質で造られた不気味な家に見える。
真っ黒な扉に手をかけて開けると、室内を自由気ままに飛び交っていた魔蜂の頭が一斉にこちらに向けられる。 結構な迫力であるが、それに慣れてしまった自分がいる。
彼らはお帰りという代わりなのか、楽しそうにダンスを踊る。
こんな癒し要員たちに向かって、「ちょっと外壁が不気味に見えるんだけど……」とは、さすがに言いにくい。
戸締りをして奥に進むと、テーブルに料理が並べられているところだった。
ちゃんと用意しておきましたよ、と言わんばかり誇らしげに胸を張るコルトゥラとクフェーナたち厨房魔蜂。
お礼を言って、席につく。
薄く切った桃色の肉がきれいに並べられた皿の上から、カトラリーでひとつ肉を刺す。それを湯気が立つ湯の中に入れて揺らすと、桃色だった肉の色が徐々に変わる。白色になったら食べ頃だ。湯から上げ、別の器に用意されたタレにつけて口に運ぶ。
…………おいしい。
薄く切られているのにしっかり肉の味がするこの不思議。肉といえば厚ければ厚い方が良い物という常識が覆される。
肉を葉野菜でくるんで食べても良し、細く切られた野菜を茹でて食べても良い。タレを変えることもできる。自分の好みで変えられるというのが面白い。
「ルインはさっぱりした味付けを好むのぅ」
「そう言われれば、そうかもしれませんね」
以前の食生活では、基本的に食事はパンとスープだった。
鳥の肉を串で刺して炙ったやつとか干し肉とかもあるが、脂っこかったり固かったりするので、わたしはあまり好きではない。食べられないわけでもないのだが、正直食は進まない。
「カトラリーって便利ですねぇ」
新たな肉を刺したカトラリーを持ち上げ、わたしは感心した。
パンは手でちぎって食べていたし、スープは器に直接口をつけていた。
最初こそ、とりあえずコルトゥラたちを刺激しないようにと思って言われるままカトラリーを使ってみたのだが、なるほどこれは便利である。
学園でも、貴族なんかは専用の食器とカトラリーを持ってきて食事していた。
「熱い料理でやけどしないための必需品ですよね!」
「なんかちょっと違う気もするが、まぁ良い!」
食べろ食べろと促されるままに美味しくいただいた。
買ってきた豚肉は多すぎやしないかと聞いてみたが、大丈夫だとクフェーナが請け負ったので心配ないのだろう。
「ごちそうさまでした」
多過ぎもせず、少なすぎもしない適量だった。
満腹になると眠くなる。ちょっとうとうとしていたら、ちゃんと寝台で寝るよう促された。
「羽虫どもは大体戻っておるぞ。もう陽が暮れておるからな」
ヴェヒター曰く、小さな魔蜂は夜に羽を休めるものらしい。
「ヴェヒターは眠らないとか言ってませんでした?」
「我はな! だが羽虫は所詮羽虫であるからして!」
「我は孤高にして唯一無二、至高の存在であるもん! 格が違うもん!」と謎の自分贔屓を始めたため、放置した。
知らないって怖い。
魔蜂がいるから防犯面は安全だーなどという考えは危険だとわかって本当に良かった。
真っ黒な扉の戸締りを確認した後、寝室に上がる。
いそいそと寝台に入ると、枕の傍に陣取ったヴェヒターは胸の毛繕いを始めた。
……眠らないなら、ここにいなくても良いんじゃないの……?
そんな疑問が頭をかすめたが、すぐに訪れた眠気に負ける。
些細な疑問は瞼を閉じると霧散して、心地よい眠りに落ちたのだった。




