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森へ散策に行ってみよう



 羽音で目覚めること二日目。


「ルイン!今日も早い目覚めであるな!」


 今日も無駄に元気な蜂だな。


「おはようございます」


 さっさと身支度を整える。洗濯物がたまってきているのを憂鬱な気持ちで眺め、くたびれたズボンをはいて、短い丈の上着に腕を通す。腰帯にはナイフを刺す。護身用ではなく、草木を切るためのものだ。それから昨日道具を入れた背負い袋を手にとって完成。いつもどおり、その間に堅パンをもぐもぐしている。


「ルイン、我も…」

「ダメですよ。昨日のように人に見つかると大変面倒ですからね、ええ。絶対にダメです」

「我、守護者……」

「お家を守っていたら十分じゃないですかね」


 きっぱり告げれば、ヴェヒターは部屋の隅までふらふらと飛んでいき、そこへちょこんと蹲った。


「我…誇り高き……」

「………」

「守護……我…、……失格……?」

「………」










「良い天気であるな!」

「絶対に大人しくしていてくださいよ!?」


 上機嫌な蜂に、わたしは八つ当たり気味に声を荒げて草に分け入る。


 そう、わたしは負けたのだ。

 だって、力なく垂れる薄い羽の下でぴるぴるする縞々のお尻とか見たらもう、罪悪感がひしひしと……!

 普段迷惑なほど元気すぎる姿だからこそ、その落差に戸惑ったともいえる。

 

 本来水を入れる用途の革袋に入るならば連れて行くと告げれば、蜂は喜々として革袋に入った。

 自分で提案しておいて、わたしはそれで良いのかと何度も確認した。蜂は首を傾げるばかりだったが。

 革袋から頭と前脚を出した状態の蜂。視界に入っていないと知らぬ間に潰してしまいそうなので、背負い袋の肩紐の前部分に括りつけた。


 


 己の不甲斐なさは、森を歩いているうちにあまり気にならなくなった。

 まだ陽は出ない森の空気は澄み切っていて、散策にはちょうど良い。

 途中で薬草を見つけては採取し、朝露を小瓶に入れる。


「何故水を集める?井戸があるではないか」

「朝露には魔素が入るんですよ」


 男神の司る夜の間に凝った魔素が大気から溶け出し朝露となって地上に落ちるのではといわれているが、本当のところはわからない。はっきりしているのは、魔素が解けた水は調合に必要で、井戸の水には魔素がないということだ。


 大気には魔素が含まれているが、それを扱うことができるのは魔術師だけだ。魔術師は意識せずとも自然と魔素を取り込んでいるらしい。

 薬の効能を上げたければ、魔素をうまく抽出することが不可欠だというのが薬師の常識だが、魔素を含むものを集めるのにはそれなりの労力を要する。

 

「治癒術って、どこまで治せるのかしら…」


 王都を出る前にきちんと確認すべきだったかもしれない。

 今後は治癒術では補えない薬をつくることが必要になりそうだというのに、まったく失念していた。

 確か、城の兵士の訓練場で術式の披露があったと聞いたので、怪我を治すことは間違いなくできるのだと思う。


 ……いや、その辺は王都の薬師協会が対策しているよね。

 わたしが考えることではないだろう。


 特徴のある葉を見つけたので、土を掘ってすらりと長い根を採取する。

 他には、新芽だけ食べられる木の芽や小さな赤い果物があった。

 今夜のご飯だな。


 

「そういえば、近くに川とかあるんですか?」


 魚でも獲れれば良いなぁと、触角を揺らす蜂に尋ねた。

 

「存ぜぬ。我が森に入ったのは今日が初めてであるからな」

「……初めて?」


 うむ!と元気に返事をするが、ここではなくもっと遠くの山の出身ということか?

 だからあれほど着いてきたがったのだろうか……。


 真っ暗な家にぽつんと浮かび窓の外を見る蜂の姿が脳裏に浮かび上がった。

 

 ……いやいやいや。


 頭を振って、想像に過ぎないものを追い出した。

 

「我、ずっと待機していた。だから、ルインが我が元に至ったのはとてもとても嬉しかったのだ。ようやく守護者たり得るその日を我がどれだけ待ち望んだことか。だから我はいま、とても楽しい」


 ………この蜂に、家の管理人以上の役割を期待されているのは気のせいか……?

 うーんと悩んでいると、「されど、」と蜂が続ける。


「役割を果たせるから楽しいのかと思うたが、鳥籠や袋に入れられ身動き一つ儘ならぬまったく役立たずの(てい)であっても楽しい」


 遠回しの嫌味かと思ったが、そうではなさそうだ。


「もっと楽しいのは、名を呼ばれたときであるな!」

「………………」


 自分の名を呼べと言っているような………。

 考え過ぎか?

 少しばかり逡巡したが、すぐに思いなおす。

 昨日も呼んでいるし、希薄なままの関係性云々は昨日の時点で諦めているのだ。頑なに名を呼ばないのもバカバカしい。



 その日、革袋に入った蜂―――――ヴェヒターは、ずっとご機嫌だった。




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