美味しい物が食べたい気分
それにしても、結局あのギルド長のことはどうなるのだろうか。
帰り道、歩きながら考えるのはいい加減決着してほしい例の一件だ。
脳裏に浮かぶのは、洞窟の中でこちらを見下ろしていたカレラスの顔。
「……大分性格悪そうだったよね……」
逆恨みや八つ当たりとかもしそうだし、しかも執念深くいつまでも覚えていそうだ。
何事も無かったかのように釈放されでもしたら、とても困る。こちとら非力な平民なのだ。
ただ、領都のお貴族様方からみれば色々と遺恨ある相手を排除する絶好の機会だ。それをおめおめと逃すような人間はいないだろう。
現に別の方向で攻めるとかなんとか手を打っている様子だったし。
「最低でもギルド長の権利剥奪、領都追放くらいにはなるかなぁ……」
眉を寄せ、ブツブツ呟くわたしの傍をヴェヒターとイルメルダが飛ぶ。
しかし、カレラスは王都の貴族と縁があるとか聞いた気がする。
お金が貯まったら、王都に戻ることも考えていたんだけど…………。
広い王都で遭遇することは滅多にないとは思うが、万が一カレラスやその関係者に出会ったら難癖つけられるどころじゃ済まない気がしてきた。
もしかしたら、わたしの存在なんてもう忘れているかもしれないけど、少しでも危険は回避したい。
「……いっそのこと魔素の泉が見つかってればまた話は違ったかな…………? でも、泉が見つかって別の騒ぎが勃発してた場合、ここで普通に生活するどころじゃなくなってた可能性も…………」
平民の生活なんて、貴族の行動一つであっという間に蹴散らされてしまう。
魔素の泉を巡って貴族同士が対立して小競り合いから戦いとかになったら――――こちらは逃げるか隠れるかして、ただ過ぎ去るのを待つくらいしかできない。
そうなったら生活なんて成り立たない。ようやく最近ここらの暮らしに慣れて来たのに、それは辛い。辛すぎる。
ムムムと口角を下げていると、肩にヴェヒターがとまった。
「魔素の泉が見つかると、ルインは困るのかの?」
「今の状況では、そうですかねぇ……。魔素の泉が無いって前提で一応落ち着いたみたいですし、面倒事は嫌ですからねぇ」
「ふーん」
納得したのか興味が無いのか、あっさりと返してきた魔蜂を放って空を見上げる。昼の女神のご機嫌は麗しいようで、澄み切った青空には雲一つない。
これ以上あれこれ考えてもどうしようもないと、気持ちを切り替える。
「ちょっと市場に寄って行きましょうか」
「そういえばそろそろ小麦粉が切れそうだと言っておったぞ」
「そうなんですか? じゃあ小麦粉を買って……、あとは肉屋も寄ろうかな」
急激に肉が食べたいという欲求が湧き出て来た。本格的に体調が戻った証かもしれない。
前にコルトゥラとクフェーナが用意してくれたヤツが食べたい。
びっくりするくらい薄く切ったお肉を沸かしたお湯につけて茹で、タレにつけて食べるヤツが脳裏に浮かぶと同時に口の中に唾が溢れ出た。
いちいち手間はかかるのだが、お肉なのにさっぱりしていて、たくさん食べられる気がするのだ。薄いから全体量は大して食べられていないとは思うのだけど。
「あれ、何のお肉でしたっけ」
「豚肉だ!」
「あーなるほど。でも、どの部分ですかねぇ……」
「丸ごと買って行けばよいであろう?」
「うーん……でも備蓄庫にまだ残っていたら困りませんかねぇ……」
調理も食材の管理も蜂たちに丸投げしているため、どれくらい食料が残っているのか把握していない。
正直、わたしはそれほど食べる方ではないので、万が一余らせて食材をダメにしてしまうのは気が引ける。金の無駄だし、食べ物を捨てたりするのは罪悪感が半端ない。
「その時は遠慮の欠片もなく食する者どもを呼べばよかろう」
「……もしかして、ライリーとドナのことですか?」
「左様、あれらもルイン同様もう少し肉を付けた方が良いぞ」
「ヴェヒターが言うと『太らせてから食べよう』的な何かに聞こえる……」
「我あんなの喰わんもん!」
イメージがね……。それを言ったら一番はツォークだけど。凶暴そうな見た目は食べられそう感満載だ。ライリーとドナには会わせない方がいいかもしれない。双方が泣く未来しか思い浮かばない。
粉屋に行って小麦粉を一袋買い、肉屋に寄って豚を一塊買った。
家まで配達しましょうか、という肉屋の申し出を丁重にお断りすれば、どこかホッとした様子ですぐに引き下がる。
最近では歩いていても驚かれたり逃げられたりしなくなったが、やっぱり個別に話しかけると怯えられている気がする。
やはり『魔蟲を飼う変わり者薬師』という認識が根強いのか。『魔蟲のルイン』という迷惑な二つ名のせいなのか。
大体、二つ名をつけられる人間というのは、偉業を為したか危険人物かのどちらかだ。
薬師の底辺で万事控えめに生きるわたしにはまったく似つかわしくないのに。
だからといって、自らへっぽこ薬師だと主張するのはなんか違う。そんなことして、ただでさえ無きに等しい薬師としての評価が絶望的になっても困る。
買ったものを抱え、こそこそと人の目を避けて人通りの無い場所まで運ぶ。
「じゃ、よろしくお願いしますね」
数匹がかりで肉の塊などを持ち飛び去ってゆく小さな魔蜂たち。今日も彼らの尻の可愛さは健在である。
実にありがたい。
頼むときにヴェヒターが「我も持てるぞ!」と言い出してちょっと揉めたが、当然やんわりお断りさせてもらった。日々培われた信用の差なのでどうしようもない。
重い荷物は、こうしてこっそり小さな魔蜂たちに運んでもらうことにしている。
だから別に配達してもらえなくても困ることは無い。魔生物はびこる家へ近づきたくないというごく一般的な感情を持つ平凡な人々の気持ちはよく理解できる。わたしだってその立ち位置なら関わり合いになろうなんて微塵も思わないと断言できる。
ただ、時間さえかければ、そのうちわたしの無害さを理解してもらえるんじゃないかと思っている。日々細々と堅実に生活しているので、その日はそう遠くないかもしれない。そうすれば、普通に配達人だって来るだろう。
既に、完璧に巣を守らねばと息巻く魔蜂たちと話し合い、来客をいちいち宙吊りにしない約束を取り付けることに成功している。礼儀正しく玄関から訪問する来客に限り、ひとまず攻撃対象から外すということで話はついているのだ。
これでいつ配達に来てもらっても一応安全。突然宙吊りにされたりなんてしない…………多分。一歩でも裏に回ったりするとちょっぴり危険かもだけど。
「無害だって理解してもらえれば、そのうち変な二つ名も消えることでしょう!」
力強く発言したわたしの横で、ヴェヒターが不思議そうに首を傾げる。
なに? 「そこに因果関係が生じているのか」?
放っておいてくれ。願うのはタダだ。




