表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/72

借りは返しておきたいタイプ

 現在、ティオーヌが不在の負担は、ほぼダリウス一人に降り注いでいる。

 辞めてしまった職員がいるらしい。ギルド長が捕まったと知り、ギルドの先行きが不安になったのかな。ただでさえ、領都と仲の悪い底辺ギルドだからねぇ……。

 ある意味潔い逃げっぷり。その時の情勢を見通す力って大事だと思う。


 だが、いくらここが底辺ギルドだと言っても、通常業務とやらは待ってはくれない。

 単純な依頼一つでも、書類と手続きが多くて時間も手間もかかる。

 依頼の一つ一つは正式な契約である。後々難癖つけられないためには欠かせない作業なんだろうとは思うけれど、人手の無い今は実に大変そうだ。


「小遣い稼ぎに手伝っていくか?」


 ちょっと本気混じりで誘ってくるダリウスには頭を横に振ってお断りした。正直めんどい。

 ここには、ヴェヒターのことを苦手とする受付嬢がいるし。ヴェヒターが丸かったときは魔蟲だと認識していなかったようだが、元の姿に戻った途端に遠巻きである。


 そんな彼女も、今はとても忙しそうだ。心なしか、いつもきれいに整えられてる巻き髪が萎れて見える。

 受付嬢の一番近くに座り、ビクビクしながらやり取りしているのはマシューだ。

 先の一件の発端、ダルト村への依頼をわたしに紹介したのはマシューではあるが、一連の彼の行動は、今はもう辞めてしまった先輩職員に誘導されてのことだったらしく、解雇を免れている。


「クビにされなかった割には、なんか元気ないですね」

「あー……、本人に悪気はなかったとはいえ、この人手不足の切っ掛けになっちまったことで責任感じるみたいでなぁ……」


 イライラしている受付嬢にマシューがビクビクして、更に受付嬢をイラつかせるという悪循環が生じているように見えた。

 なんて不毛なことだろうとしみじみ思ったが、遠くから見ている分には面白いから良しとしよう。


 

「ティオーヌさんはまだお帰りにならないんですか?」

「ああ…………」

 

 おっさんの周囲の空気がズーンと重くなった。ティオーヌの不在は、思った以上にダリウスへ精神的な負荷をかけているようだ。


「……ギルド長の件が長引いているんだとよ……」


 ぼそぼそと語る内容を聞き取ったところによれば、シュタネイルの一件でカレラス一行の身柄を抑え、ビジュールの思想によって人工的な魔石を造り出そうとしたことが判明した。

 しかし、己の実験について喜々として供述するビジュールと異なり、カレラスは一貫して関与を否定。


「とりあえず危険な実験を許可なく行ったとして調査していたらしいんだがな…………見つからなかったんだ」

「何がですか?」

「魔素の泉だ」


 視界の端で、触角が呑気に揺れた。


「例の洞窟は、他より魔素が濃かったそうだが、魔素の泉のようなものは見つけられなかった。元々シュタネイル自体、魔石を生み出すくらい魔素が濃い場所だ。爺さんが勘違いしたんだろうって話になったんだが…………、爺さんはあれは絶対に魔素の泉だって喚くわ、カレラス様側は魔素の泉とやらが無いならばそもそも危険な実験をした証拠がないとか言い出すわで話が進まなかったんだとよ」

「…………へぇー…………」


 引きつった口元を指先で隠しつつ、そう返すので精一杯だった。

 …………わたしは知っている。魔素の泉を飲み込んだ犯人を…………! 今そこで、呑気に触覚揺らしているヤツだ!

 

「カレラス様の後ろには王都の貴族がついているからな。証拠もないのに断罪するには少し旗色が悪くなったんで、別の方向から攻めることにしたとかなんとか……、手紙には詳しいことは書かれていねぇが、とにかくティオーヌはまだ帰ってこられそうにもない」

「そうなんですかぁ…………大変ですね…………」


 ものすっごくヴェヒターをキュッとしたい衝動に駆られた。

 わたしの視線に気づいたヴェヒターが不思議そうに見上げてくる。

 

「大変には違いねぇが、俺としちゃあ良かったと思ってるぜ」


 理由をつけて席を立ち、人目の無いところでキュッとすべきか本気で悩んでいたわたしは、ダリウスのセリフに瞬きをした。

 首を傾げるわたしに、ダリウスは盗賊顔に苦笑を浮かべる。


「……魔素の泉ってぇのが実在したら、だ。人工的に魔石を造るって爺さんの主張を後押しする一派が領都の中でも絶対に出てくる」

 

 かつて魔石で栄えたオルカディス。魔石の産出によって王都からの干渉を受け、それに伴い様々な不利益も屈辱も味わったことから、魔石が採掘されなくなってようやく平穏を取り戻したといえる。

 けれど、失われたと思った魔石を人の手で作り出せるのならば…………と考えてしまうのも、わからないでもない。

 

「調査とは別に、わざわざシュタネイルまで足を運んだ貴族もいたそうだ。まぁ、徒労に終わったみたいだけどな」


 ――――――物事には様々な側面がある。

 泉が無いためにカレラスは言い逃れできてしまったのかもしれないが、泉があったらあったで別の問題が起きた可能性の方が高く、そうなればもっと別の面倒が起きていたかもしれない。


 うん。

 わたしは一つ頷いて、ヴェヒターをキュッとするのは見送ることにした。







 用事を済ませた帰り際、ピリピリしている受付嬢の前を通りかけて思い出した。


「あの、これ良かったらどうぞ」


 鞄から取り出した紙包みを彼女の前に置きながらそう告げると、受付嬢が驚きに目を丸くした。しかし即座に眉間に皺を寄せる受付嬢。それを間近で見たマシューの喉から「ひぃ」と情けない声が漏れる。


「この間看病していただいたお礼です」

「あれは業務の一環ですので」


 そう言うだろうと思った。しかし理由はそれだけではない。

 あのとき、ティオーヌやダリウスが都合よくロイドと合流できたのは、受付嬢のおかげだったらしい。

 副ギルド長命令で止められていた依頼書を、先輩職員に言われるままマシューがわたしに請け負わせたのを知った彼女は、急ぎティオーヌたちの元へ走ったのだという。

 そんな話を聞かされて、そのままにすることなどわたしにはできない。

 半ば無理矢理紙包みを押し付けて、わたしは颯爽とギルドを後にした。




 お礼として彼女にあげた紙包みの中身はパンだ。

 普通のパンよりも重たくどっしりしているのは、乾燥させた果実や砕いた木の実がたっぷり入っているから。

 栄養価は高く、花蜜を使用しているためにしっとり甘く、堅パン以上に日持ちをするというどの角度から見ても素晴らしい一品である。


「あの者、別にルインに貸しをつくったと考えてはおらんようだったが?」


 ヴェヒターがくりくり黒い目を向けてくる。

 確かに、受付嬢はわたしに貸しをつくってやったという感じではなかった。職務に則った行動、あるいはもしかしたら、人の善意に基づくとかいうあれなヤツだ。

 

「わたし、誰かに借りがあるという状況が好きではないんですよねぇ」

「なんと…………!」


 ヴェヒターがわたしの周りをブンブン飛び回る。突然どうした、すごく鬱陶し――――「ルインが乱心した!」って、いくらなんでも失礼だろ!


「受けた恩は適度に返しておいた方が良いんですよ」

「ほほう」


 『してもらったこと』って忘れがちだけど、『やってあげたこと』って忘れないものなのだ。自分はこれだけ相手にしてあげたのに、相手はそうじゃなかったっていう記憶って残りやすい。

 人間関係を円滑にするためには出来る限り貸し借り無しの状態が好ましいとわたしは思う。


 そんな説明をしてやれば、不思議そうに頭を傾ける蜂。

 

「一方的に与えれば、借りとやらを返したことになるのかの?」


 この蜂は、たまに的を得たことを口にする。

 だが、逆に問いたい。一体そこに何が問題あるのかと。

 わたしは腰に手をあて、ムンと胸を張った。


「『自分の行動はもっと対価が大きい筈だ』なんて言い出す人は滅多にいません。お礼はした者勝ちなんですよ。向こうから要求される前に適当なモノで返しておきたいというのが本音ですね!」

「実にルインらしい発言だの。なるほど。納得したぞ!」


 ちなみに、魔蜂を働かせて自分が楽をするということに対し、まったく借りをつくっているという気持ちは浮かばない。人間じゃなくって蜂だからか。

 いや、たぶんわたしの中で、魔蜂によって沸き上がる騒動なんかのあれこれと相殺されているんだろう。きっとそうだ。そういうことにしておこう。


 どっしりパン。

 考案者:クフェーナ。製作者:厨房魔蜂。人の手が入ったのは紙包みの際のみ。


 受付嬢が知れば発狂しそうな事実については、当然秘密である。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ