引き籠ってみたいと思ってた
ギルドへ様子見に行ったあと、夕方から少し熱が出た。
寝込むほどではなく翌日にはすっかり元気になったのだが、過保護な魔蜂たちに外出を控えてはと提案された。
まだ本調子ではない自覚があったわたしは、それに頷いた。
家でゴロゴロして、たまに庭に出て薬草の成長具合を確認し、疲れを感じたら座って休む。
魔蜂が身の回りのお世話をしてくれたので、以前同じような状態になったときよりも断然楽だった。
前は確か、学園の郊外実習の時だったか。そのときはふた月ほど微熱が続いて結構辛かった。体調悪いからって寝込めなかったしなー。
そうして引きこもって数日。わたしは気づいてしまった。
「暇だ…………」
なんということだろう。稼ぐ必要がなく生活に困らなければずっと家にいたいとか考えていたはずなのに、暇を持て余すことに苦痛を感じてしまうとは!
そして、何不自由ない生活であるにも関わらず何故か心を覆う不安、いやこれは焦燥か。
「ちちち、まだまだだのぅ。『働いたら負け!』と言い切るくらいにならねば!」
横からヴェヒターが口を挟んできた。偉そうに胸を張っているけど、言っている意味はよくわからない。働かなければ飢えて死ぬだけでしょうが!
「望むがまま、好きなことだけをすれば良いのだ! そして己が興味を引くもの以外どうなろうと気にせぬ境地へと至るがよい! ルインには我らがついておるからの! すべての世話はクフェーナや羽虫どもが担う! そして、なんと! 今なら話し相手にはこの我がついてくるぞ!!」
とりあえず、話し相手がヴェヒターのみとか罰ゲームに近いという事実は置いておくとして。
「……好きなこと……」
「ルインの趣味はなんだ?」
「趣味?」
それは普通、生活に余裕がある者しか持たないんじゃなかろうか。
例えば、もしわたしがレース編みが得意だったり、珍しいお菓子を作れたのだとしたら、出来上がった物をどうする? 当然売る。
花を愛でる時間があるなら薬草採ってきて調合する。それでできた薬を売る。
自らの手で何かを作成するならば、そのすべては最終的に換金するに決まっているじゃないか。
「……とりあえず、売れるかどうかから離れるべきでないかのぅ……」
「金にもならないのに時間と労力をかけろと?」
「趣味ってそういうもんであろう、むしろ金に糸目を付けぬものが多いのではないか?」
理解できない…………。
……あ、もしかして魔獣バカみたいなもの?
ぽやんと頭に浮かんだのは、仕送りが入る度に魔獣の毛皮とか文献とか怪しげな物を買い漁っていた知人の姿。
…………うーん、あれに共感するのは難しいなぁ…………。
そもそも、何かにのめり込む自分というのが想像できない。
「休みが欲しいとは考えていたけれど、それは身体を休めるとか楽がしたいという気持ちが元だったのかも……」
要するに、根っからの貧乏人であるわたしは何もしないという状況が落ち着かないということだ。
結論が出た。よし働こう。
体調も良くなったし、引きこもって暇だと思うくらいならば金を稼ごう!
「ルイン、どうしてもというならば、我を観察しても良いぞ? ほれ、愛らしき我が尻をスケッチするとか、華麗に空飛ぶ我で詩をつくるとか……」
なんかもじもじしながら言っているヴェヒターを革袋に突っ込み、わたしは久しぶりにギルドへ向かうことにした。
数日ぶりに訪れたギルド。出迎えてくれたのは表情の冴えないダリウスだ。
依頼書に必要事項を記入し、ダリウスの元へ持って行く。依頼書をチェックしたダリウスが頷く。
「じゃあ、嬢ちゃんの希望に沿えるような職人手配しておくからな」
「よろしくおねがいします」
力強く頷きながら、自分の気持ちが高揚していくのを感じた。
今出したのは、洗髪剤の型枠作成依頼だ。
ギルドに依頼すると仲介手数料を取られてしまうが、わたしにはどこの職人が良いのかも相場もわからないので丸投げするのが最も手っ取り早い。何より、わたしには仲介手数料を支払う余力がある。
懐に余裕があるって本当に素晴らしい。
お金の心配するどころか、金にモノを言わせているのだ。高まる気持ちをぐっと拳を握ることで押さえつける。
興奮しすぎて顔に出るのもまずい。これまで培ってきたわたしのイメージが崩れてしまうからね。
気を落ち着かせるため、わたしは目の前にいるダリウスに視線を向けた。
随分と疲れてみえるダリウス。目の下の黒ずみや疲労はどうしようもないとしても、無精髭はどうにかした方がいいと思う。盗賊か何かに間違われそうである。
むさくるしいおっさんを目にすれば、どんなに高揚していても一瞬で冷めるというものだ。