何があった
「お目覚めか、ルイン!」
朝起きると、ヴェヒターが痩せていた。
意味が分からない?
大丈夫。わたしもわからない。
「……えと……ヴェヒター……ですか?」
「幾千世界探しても、我のような愛らしくも賢くいじらしい蜂はおらぬぞ!」
この受け答え、ヴェヒター以外の何物でもない。よく似た別の喋る蜂の可能性は潰えた。
いや、こんな喋る魔生物が他にもいたらウザさ倍増で疲れるだろうから良いんだけれども。
一度指で眉間を揉みほぐし、再度目を向けてみるが室内は先ほど見たものと何一つ変わりなかった。
大きく息を吸い込むと、
「――――なにがあった!」
心のままに大声と共に吐き出した。
「む?」
「む?じゃなくって!明らかに痩せましたよね!?なんだそのくびれ!!ぷにはどこいった!!」
わたしの叫びに、「おお!」とヴェヒターが片脚を挙げた。
「ようやくすべて馴染んだのでな、過剰分は押し出したのだ!」
「馴染んだ…?」
「魔素は馴染まねば自由にすることもできまい」
「え…、えー……?」
そういうもんなの?本当に?
いかにも『常識!』という風情だけど鵜呑みにして良いところなの?わたし騙されてない?
顎に手を当て、しばし考える。
「……うーん…。たとえ虚偽を申告されたとしてもこちらに害はなくヴェヒターに何か利益があるとも思えない……。ならば一応信用してみないこともない……」
「打算的で疑りに満ちた、実にルインらしい考察である」
余計なお世話だ。
ジトッと半眼で見つめる先で、ヴェヒターがふぅと息を吐いた。
「あのような乱暴な摂取であったためか時間がかかってのぅ……」
いつになく元気ないその様子に、もしや結構負担だったのだろうかと思い至る。
今しがたヴェヒターが言ったように、あれはまったく異常な状況だった。
まぁヴェヒターだし……と流していたが、実はもっと深刻な話なのかもしれない。
思い浮かぶのは全身から魔石が突き出た熊。
男たちの会話が確かならば、元は普通の熊だったものであの状態。魔素を貯め置くための器官が無いとか小さいとか、それこそどこまで信用して良いのか甚だ疑問ではあるもののとりあえずはそうだと仮定するとして。
対象が魔生物の場合、魔素を貯める器官に大量の魔素が取り込まれて結晶化したのが魔石。
では、魔素の泉に投げ込まれて結晶化しなかったということは、魔素を貯め置く器官が巨大だったということになる。魔獣よりもちいさな蜂が?
それに、魔素の泉を飲み干して平気な生物など存在しても良いのか?
魔素というのはほんの少量、例えば朝露に含まれている物だけでも十二分すぎる働きをするものだ。魔術師が扱う際には主に魔獣を攻撃する際に使用される。だからこそ神子様の治癒術は画期的だと持て囃されたのであって―――――って、いかん、話が逸れた。
要は、大量の魔素は危険なのだ。それを一身に取り込める生物は危険なのではないか。
顔を上げるとヴェヒターの黒い目と目が合った。
「我を運ぶだけで羽虫共が褒められるのは我慢ならんからな!がんばったぞ!」
安定のヴェヒターである。
むんっと胸を張る姿に、思考能力が根こそぎ奪われる。
実はこれもこちらの思考を迷わせる罠なのかもしれない……とか疑い出すと本気でキリがない。
「如何した?ルイン」
「不思議そうにきょとんとしている生物がもっとも不思議を体現しているという不条理に思い悩んでいるところです」
仮定を土台として組み立てるにも情報が足りなさすぎ、迷いは思考を鈍らせ、目の前の蜂は人を脱力させることに長けている。
身動きできぬほどに縄で雁字搦めにされて荒波に投げ出され、そこで一粒の魔石を探すようなもの。
回りくどく何が言いたいのかと言えば、とりあえずわたしの手に負える案件ではない。そうであるならば真実などわかり得る筈もなく、そしてそれはわたしに責任はないともいえるのではなかろうか。ここ大事。
こちとら良くて底辺薬師、悪くてただの小娘だ。
どうにか日々を平穏にやり過ごしつつ、安定した老後を目指す小市民。
こういうときの判断材料は、自分にとって有害なのか否かである。
「難しく考えるからややこしくなるんだよ。シンプルに行こう。ヴェヒター痩せる→わたし別に困らない。……よし、問題ないな」
まぁ、少々驚きはしたし疑問はあるが、魔生物を人の常識で計るなど愚の極み。
「うむうむ。ルインも我が愛らしい姿の方が喜ばしいであろう?ルインの隣に在るためにはそれ相応に愛らしい我でなくてはな!」
さてはこの前、ドナに『前の蜂さんより可愛い!』って言われたの結構ショックだったんだな?
だがとりあえず、一つはっきりさせておかなければならない。
「別にヴェヒターがどうなろうとわたしには関係ありませんが」
痩せればわたしが喜ぶみたいな発言は撤回してほしい。無感心且つ無関係……までは無理だったとしてもなるべく希薄な間柄が希望です。
「何度聞いても心地よいことよ」
「……は?」
「どのような我であっても良いとは……これが俗に言うデレ!」
「………………は?」
「よいよい、深くは追及せぬ。ツンとデレは釣り合いが大事だからのぅ」
……知っていた。この蜂が意味不明な魔蟲理論で実に己に都合良く前向きすぎる思考回路を持つということは。
知ってはいたが、くふくふと不気味な笑い声を出す魔蟲から距離をとりたいと切に思う。含み笑いをしている魔蜂からそっと視線を逸らし、わたしは両腕を上げて伸びをした。
さぁて、今日も一日がんばるかー。
ご無沙汰してすみません。全然かけてない現状なのですが、気が付けば8月3日だったから……。
投稿しなければ!と思っていたのに、中身も無く短い話で申し訳ない。