帰って来た!
「クフェーナたちが帰って来たぞ!」
「え!」
いつものように庭を見て回っていたら、ヴェヒターの声が聞こえた。急いで家に入れば、そこにはクフェーナ率いるクフェーナ隊とイルメルダの姿が。ダサい帽子を脱ぎ捨てつつ近寄る。
「みんな無事ですか?どこかを侵略したり征服したり迷惑かけたりケガさせたり、とにかく後々問題になって賠償金を請求されそうな行動はしてませんか?」
「ルイン、本音が駄々洩れになっておるぞ」
おっと。つい…。
思わず空いている方の手で口を覆ったわたしは、そのとき気がついた。
室内に湯を湛えた盥が用意されていることに。
「………はっ!」
ぐるりと囲むは小さな魔蜂。
出入り口前にはいつの間にかコルトゥラが陣取っている。慌てて頭を戻せば、試薬を入れる器を持つキラキラしたお目めのクフェーナとイルメルダ。
………実に鮮やかな包囲網だった。
「……まさかこんな早く行動に移すとは想像していませんでしたよ……」
「時を与えるとルイン逃げそうだからの!」
なんか負けた気持ちになって歯噛みしたが、実験体となってしまうという事態を受け入れた。
抵抗する方が疲れるからね……。
クフェーナの目に適ったのは、華やかな香気のローゼと、穏やかなラヴェンダル、爽やかな果実のツィトルだった。
洗った後の爽快感はツィトルが好ましいが、髪を乾かした後にふんわりローゼの香りを纏うのも良い。
「さすがクフェーナよのぅ」
「そうですねぇ……」
ローゼ以外の二つは香りが仄かなので男性でも手に取りやすいかもしれない。
しかも、商品にすることも考慮して、割と手に入りやすいものを厳選してくれたらしい。
なんて出来た子なの、クフェーナ……!
ロナの粉末に花蜜を加え、粘土のようになったものを丸め、陰干し、乾燥させたらさぁついに完成か!……というところまできて、待ったがかかった。
口を挟んだのはヴェヒターだ。
「どうせならばそれぞれの形が欲しいところだのぅ」
「形…ですか?」
「単なる丸など味気ないであろう!」
作業台の上に並ぶのは丸い洗髪剤。
少し歪だったりするのはご愛敬。……と、思っているんだけど。
「このままでいいんじゃないですか?」
素直にそう口にしたら、わざとらしく溜息をつかれた。
「見た目というのはとても大事だぞ?興味深いものに対して手に取ってみようと思うものだが、そうでなければ道端の石ころより劣る。鮮やかな色や優美な香りで我らを誘う花を見習わねばならぬ」
…うーん?
選んでもらうための努力ってこと?
でもこれって、お湯に溶かして使うものなのだ。
「消えてしまうものにそんなの必要ですかねぇ…」
薬師が作成する薬は品質に問題なければ納品するだけで終わる。なのであんまり商品に対して美意識的なこだわりは無い。
個人的には必要ないと思えるが、ヴェヒターを説得する労力を考えれば言う通りにした方がマシだ。
見た目云々をいうならば、丸ッと太ったままのお前は蜂としてどうなんだとか色々言えるところはあるが、また泣いて喚かれても面倒……かわいそうなので黙っておく。
……それに、全部同じ見た目だと間違えてしまうかもしれないよね。
納得したわたしは頷いた。
「わかりました。それじゃあ次はどんな形にするか決めましょう。一つは丸で、一つは三角で、もう一つが四角でどうでしょう」
無言のままヴェヒターが頭を横に振る。
ぷるん、ぷるんと身体も揺れた。
え?だめ?
代案の必要性を迫られたわたしは、丸めた洗髪剤に刻印でも付ければ良いんじゃないかと考え、木を削って作ってみた。
しかしそれらが日の目を見ることはなかった……。
ことごとく蜂どもに却下されたためだ。
蜂の美意識が高すぎて辛い。
それじゃあ、コルトゥラやクフェーナがつくれば良いんじゃないのか?と思い立ったのだが、「蜂がそのようなスキルを取得しているわけがなかろう」とのことだ。
何を言ってんだ、この蜂。
そう思ったわたしは悪くない。
料理とか掃除とか家事諸々できる蜂は、既に蜂の域を軽く超えているよね?
家事ができるならば木材とか削って好きな型をつくるとかできるよね?
ナイフとか持てたよね?
むしろ料理とか髪を洗ったりする方が絶対大変だよね!?
「工芸的な役どころなんぞ想定外も良いところぞ?」
「いや、だからちょっと応用効かせるだけ………」
「役割に関するならば多少の融通は利くけどぉー、生来の能力外に力及ばぬのは道理であるしぃー。だって所詮我ら蜂だしぃー」
「出たよ魔蟲理論!」
魔蟲による魔蟲のための魔蟲の理論。
つまるところ、人の身には理解不能。
だが、身に着けた技術を応用させることくらいできんってどういうこと。道理ってなんだ。あとその語尾伸ばすのイラッと来るんだけどわざとか、わざとなのか。
ツッコミどころはたくさんあった。
ムリムリぃーと言いながらゴロゴロするヴェヒターをとっ捕まえて高速ぷにぷにしてやるべきだとも思った。
だが、わたしはそのすべてを飲み込み、ギルドに依頼するという方法を選ぶことにした。
どんな人間であっても、気が昂ぶり続けることなどありえない。怒り続けることもないし笑い続けることもない。感情というものは制御が難しい反面、ふっと収まる瞬間、冷静になれるときがくるものなのだ。
ちょうどその時、わたしにもその瞬間が訪れた。
落ち着いたわたしの冷静な部分が囁く。
――――魔蟲が木を削って型枠をつくれなくても普通だよね。
――――むしろ魔蟲にどこまで求めているんだよ☆
真に正論であった。
「これはなんぞ?」
「え。ローゼの花ですけど」
「なんと…!我が慧眼をもってしても賛同でき得ぬような代物を出してくるとは……!くっ、だが案ずるな!ここからこう……微妙な角度で遠くからぼんやり視界に入れ焦点を合わさねば花の形に見えなくもないっ……!」←ヴェヒター的フォロー。
(あのヴェヒターが気遣う、だと……?)←項垂れる。
「なにゆえ打ちひしがれておるのだ!我、褒めたよな?な?」←小さな魔蜂たちに同意を求めオロオロ。