孤高は自称ではないらしい
事後処理だか今後のことだかで忙しいらしいティオーヌは未だ領都から帰っていない。
それは別に良い。
わたしはただ、加害者の末路を確認し、今後わたしに危険がないか否かを判断するための情報収集がしたいだけだから。
それよりも、クフェーナとイルメルダが未だ帰ってこないのが少々……いやかなり気にかかる。
こちとらギルド襲撃未遂事件、あるいは手配書デビュー未遂事件の関係者に名を連ねる直前だった身だ。
一歩間違えたら牢屋行き。裁判。判決。処刑―――――――……理不尽すぎる。
だがしかし、この世は理不尽で満ちているものなのだ。
それを否定してはなにも始まらないし身動きすらままならない。
問題は、それをどう回避すべきかなのだ。
では、問題の根幹はいずこか―――――
すべては、魔蜂を野放しにした結果。
では、どうすべきかと考えたとき、頭に浮かんだのはかつて上司から叩き込まれたことば。
報告・連絡・相談
……大事。とっても大事。
仕事をするうえでは当たり前のこと。
まさか魔蟲にも適用されようとは思いもしなかったけれどね。
ふふふ…魔蟲とね、報告し合って連絡通じて相談しちゃうんだよ…うふふ。
………少しばかり沈み込みかけた思考を浮上させた。
落ち着け。常に冷静な思考を保つことが肝要だ。
何が言いたいのかと言えば、先のような恐怖を経験したわたしが、少しばかり臆病になっても当然ではなかろうか。
だから、彼女らが帰ってきて無事(色んな意味で)を確認するまで、むやみやたらに出歩くことは控えようと思う。
決して、この間ちょっと遅く帰ってきたら柱の陰からじっとりこちらを見つめるコルトゥラを見つけてビビったからじゃない。まだ第二の巣の存在を疑われている可能性に怯えたせいじゃない。
わたしの独白を聞いていたヴェヒターは首を傾げる。
「関係者ではなく当事者というのが正しいのではないか?」
気になるところはそこか。
頭を過ぎった考えなどおくびにも出さず、にっこり微笑んだ。
「巻き込まれただけの人間は当事者とは言わないでしょう?」
「そうなのか…?」
不思議そうにつぶやくヴェヒターに、微笑んだまま深く頷いた。
「…むしろ中心…?」とか、聞こえないぞ。聞こえてないからな……!
そういうわけで、ここ最近は数日に一度ギルドに顔を出す以外は、家でのんびり過ごしているのだった。
家の中は働き者の魔蜂のおかげで実に快適だ。快適すぎて、わたしがやることは少ない。
なんか落ち着かないので調合をする気分ではない。そうだ、暇なので庭に出よう。完全なる思い付きである。
「これを身につけるがよいぞ!」
庭に出ようとしたら、ヴェヒターがなんか差し出してきた。
物置の奥から見つけて来たというそれは、年老いた庭師の爺なんかが身に着けるような代物だ。
長年放置されたのかまだらに色褪せていて、ある意味とっても前衛的。あちこちから藁がはみ出していて、ツバの両端についている紐を引っ張って顎の下で結ぶタイプ。顔全体を帽子一つで覆えてしまうという一品。
ぶっちゃけて言うとくそダサい。
半眼で一瞥したのち回避を試みる。
「それほど長く外にいる予定ではありませんから…」
「今日は陽ざしが強い!ルインは病み上がりだぞ?突然倒れたらどうするのだ!」
「…あー、ほら、ちょっとそれ小汚い感じがするような?あんたらの嫌いな埃とかカビとかがね?」
「安心せよ!魔道具使用済みだ!!」
「くそダサいんでムリ」
陽ざしが強いから帽子?
炎天下の課外授業に比べれば涼しいもんだよ。
体調が心配?
もう全然元気ですけどなにか。
陽に焼ける?
だからどうした。多少日に焼けたって全然まったく問題ない。
ヴェヒターの言い分をことごとく却下していく。
身なりなど悪目立ちしなければなんでも良いという考えであるが、そんなわたしでもちょっと遠慮したい帽子なのだ。
「仕方ないのぅ……」
珍しくも折れたヴェヒターを意外に思う。
……ヴェヒターもこちらの話に耳を傾けれるようになったのね……。
ちょっと感動した。
成長って素晴らしい。ぷにぷにに謎進化を遂げるより、問題を起こさない蜂に進化してほしいと切に思いながら庭に向かう。
一歩足を踏み出せば、確かに強い陽ざしを肌に感じた。しかし風もあるし帽子が無ければ即倒れるというほどのものでもない。
まったく、あの蜂は大げさだ。
そのとき、さぁっと足元に影ができた。
見上げれば、小さな魔蜂たちが一生懸命厚手の布を広げていた。
大きな布、小さな布、どこから持ってきたのか木の板や葉っぱなどもある。色とりどりのそれらが空を覆い庭に影を落とす――――――――――………。
「これ羽虫ども、もうちっと先だ。ルインは病み上がりであるから細心の注意を払ってもっと広い影をつくるのだ」
偉そうに指示を出すヴェヒターからくそダサい帽子をひったくって頭にかぶった。
きょとりと、ヴェヒターが見上げてくる。
「?どうした、帽子を使うのか?」
無言のまま頷けば、「気が変わったのかの?」と首を傾げていた。
取り戻した青い空と通常通りの庭に肩を落とす。
………健気で小さな魔蜂に影をつくらせてその下を歩くとか、どんな暴君。
そんなところをドナにでも見られたら、最近ようやく払拭されたボス容疑が浮上する。
魔蟲が嫌いだという受付嬢だって、そんな状況を目にしたら魔蟲に同情するに違いない。
くそダサい帽子を身に着けている事実を意識的に忘れたことにしたわたしは、両腕を胸の前で組んで考えていた。
レーゲンのおかげで青々とした畑に生まれ変わった庭。その端の一部。
足元には穴があいている。
つい先日までは薬草が生えていたはずの場所に。
「……泥棒……?」
まず頭に思い浮かんだ言葉をぽろりとこぼす。しかしここで疑問が生じる。
働き者の蜂たちは、縄張り意識を有している。
それが割と強いものだということは、過去敷地に足を踏み入れただけで宙づりの刑に処されたライリーとドナの姿が物語っている。
だというのに、薬草を盗むという蛮行に対して無関心である理由がない。
「レーゲンが食べたのかな?」
土の中で微睡んでいるレーゲンは、たまに寝ぼけて作物を丸のみにしてしまうことがある。
あまり頻繁だと困るが、この小さな庭が異様に豊かなのはレーゲンのおかげなので多少のことは目を瞑るしかない。
「ルイン!」
振り向けばブーンと音を立てて近寄ってくる蜂の群。
小さな魔蜂たちがふらつきながらも一生懸命運んで来るのはぽよぽよヴェヒターである。
ぽよぽよに進化したヴェヒターは、移動手段に小さな魔蜂を使役することを思いついた。
自分で飛べないから他の蜂を使う蜂。
暴君とは、こういうやつのことを言うのである。
ぽよんとわたしの足元に着地したヴェヒターを半眼で見下ろす。
「ヴェヒター……、みんなが可哀想じゃないですか…」
「む?我の役に立つという名誉を得て尚、いったい何の憂いがあるのだ?」
「………」
心底不思議そうに、その場にとどまる(おそらくヴェヒター待ち)小さな魔蜂たちを見上げるヴェヒター。
わたしが言える義理ではないが、この蜂絶対トモダチいない。
「…なるほど、それで孤高……」
「ぬ?なんだ突然……照れるではないか」
褒められたと思ったらしい蜂には、生温い視線を送っておいた。