体力つけよう。
元々体力がないところへ山登りに加え数々の精神的圧力と様々な出来事。
一番はその落差についていけなかったことだと今になって思う。
緊張して山登ったら捕まって、牢に入れられてヴェヒター泉に投げ入れられて、助かったと思ったら強面蜂が増えていてヴェヒター太ってて、極めつけに長距離飛行。
……こうして並べてみると、発狂しなかった精神に拍手を送ってよい事案かもしれない。
たぶん途中から限界を超えて発熱をしていたのだろう。昔から、体調不良だと気づかなければなんとかなってきたが、一度気が付いてしまうと速攻で弱ってたっけ。
それにしても、ティオーヌの目の前で倒れたのが良くなかった。
ギルドの一室――――ティオーヌが使う仮眠室らしい―――――に押し込められてしまったのだ。
家に帰りたいが、「一人暮らしでは大変でしょう?」という親切心を前面に出されてはどうしようもない。
「たぶん魔蜂がお世話してくれると思うんで…」と言っても信用してもらえないどころか頭の中身と更なる発熱上昇かと心配される。
そういうわけで、とりあえず大人しくしていると、世話を言いつけられたらしい受付嬢が部屋に入って来た。
「……食べ物と着替えです」
ぼんやりしながら食べ物と着替えを受け取る。
「…副ギルド長は忙しいので、後でダリウスさんがお話したいそうですが、話、できそうですか」
「話をするくらいなら問題ないと思います」
受付嬢とこんなに長く会話をするのは初めてだなぁ。
「……今みたいに蟲を連れ歩かないなら普通に話します。……必要な事なら」
……「今みたいに」?
わたしは首を傾げる。
受付嬢が出て行った後、寝台の上にいるヴェヒターを見て少し納得した。
……魔蟲だと認識されなかったんだな……。
じっとしていれば黄色と黒色の布を丸めただけに見えなくもない。
そして二人きりになった今、そのヴェヒターはといえば、仰向けになり、太ましい身体に比べて細いままの脚をばたつかせていた。
「ルイン!このようなところではなく巣に帰って療養するのだ!!」
「…だから、何度も説明しているじゃないですか……」
この蜂は、家に帰ろうの一点張りだ。
しかし前述したとおり、すぐに家に帰る適当な口実もない。
「動けぬならば寝ておれ!コルトゥラたちを呼んで運ぶからな!」とか主張するヴェヒターをどうにか止めている。空中浮遊はもうたくさんです。
「すぐさま我特製の秘薬を飲ませて養生させねば!!」
「……ちなみに材料をお聞きしても?」
特製秘薬だと?
どんな成分なのか気になるのは薬師の性。
「大まかに言えば、とある生物の血と、とある場所に生えている植物と、とある場所で湧き出る泉と、我が分泌液だな!」
「はい却下!」
「何故!?」
材料名が判明しているのヴェヒターの分泌液だけじゃん!そもそも、分泌液って何!!
まさかそれ、アレじゃないよね?
魔改造するたびに混ぜ込んだとか発言している『分泌液』と同一じゃないよね!?
なんて怪しげなものを服用させようとしてるんだ、この蜂!!
この程度の熱、すぐに下がる。いや、下げる。
しかし今後これ以上の体調不良に陥った場合、魔蜂がいうところの秘薬を処方される危険性があることが判明した。
体力増強につながるレシピを手に入れよう。
適度な運動もして、決して風邪一つひくものか……!
新たな決意が生まれた。
昼過ぎ、ダリウスがやってきた。
「嬢ちゃんは本当に色々やらかすなぁ…」
…心外。
実 に 心 外 !
騒動のすべては元を手繰っていくと魔蟲に繋がっているのだと力説したい。
だが、わたしの実に常識人的な部分がそれを思いとどまらせる。
仮に、真実を述べたのだとしても、端から見れば魔蟲にすべてを擦り付けて「わたしの所為じゃない」と責任逃れをしているだけにしか見えないだろう。
見苦しい。とても見苦しい。
誰にも信じてもらえそうにない上、己の評判を下げるだけだ。
そして、無駄だとわかっていることに労力を割けるほどの気概を今のわたしは持ち合わせていない。
気力体力が万全であったとしても、そんな気概が生まれる気はぜんぜんしないけど。
そんなわたしの内心など知る由もなく、ダリウスが説明を始めていた。
「副ギルド長が止めていた依頼が嬢ちゃんまで届いたこと自体があり得ないんだ」
わたしが受けた案内の依頼は副ギルド長の権限で止められていた。
それが誰かの手で勝手に解除され、わたしに依頼が回ってきて、わたしはそれを受けてしまった。
それを知らされたティオーヌとダリウスが急いで用事を済ませて戻ってくると、ダルト村の青年が飛び込んできたのだという。
わたしとネイダルたちが出発した後で村にやってきた身分ありげな男たち。彼らはロイドに洞窟までの道案内を命じた。
ロイドは、洞窟の大体の場所は知っていたが、決して近づくなと前々から厳命されていた。
以前から父親の行動を不審がっていたロイドは、洞窟の中に入る良い機会だと思って案内し、こっそり洞窟に入った。
そこで牢に入れられた薬師を発見した彼は、父親が犯罪に手を染めていると確信。
葛藤の末、今ならまだ助けられるだろうと村を出た。
ロイドの運が良かったのは、ティオーヌたちと出くわしたこと。
やはりというか、ギルド職員や冒険者の中に彼らと通じている者がいたそうだ。
もしもその相手に話を持って行っていたら、握りつぶされていた可能性がある。
「でも、底へ……ライヒェンのギルドにそんなの送り込む必要があるんですか?」
落ち目領地の底辺ギルドだ。
手間や人件費が無駄になりそう。
「ギルド長だよ」
「え?」
「カレラス様は、ライヒェンのギルド長だ」
あの性格の悪い男がギルド長……?
俄かには信じ難いが、なるほどと思わなくもない部分もある。ギルドに融通を利かせられるわけだ。
「ギルド長は王都の貴族と縁続きだったはずだからな。色々面倒なんで、今は領主様巻き込んで取り調べしている」
ティオーヌが高笑いして、これでギルド長を蹴落としてやると息巻いていたぞ、とダリウスは苦笑した。
「今話せるのはこれくらいだ。ティオーヌが戻ったらまた話を聞けるだろうよ。とりあえず、向こうにいた奴らは全員拘束したから嬢ちゃんの身は安全だ」
なるほど、この部屋に通されたのは身柄を保護する意味合いもあったみたいだ。
「本当に無事でよかった」とダリウスがくしゃっと笑った。
…エエおっさんだ…!
ヴェヒターを指して、「…ところで、それ…新種?なのか?」と首を傾げていたけど。