ばたんきゅー
―――――少しばかり気弱なわたしがひょっこり顔を出したようだ。
……なんという失態!!
この場を譲るわけにもいかないのに泣き言めいた発言とかマジない。弱みを見せるとか本当にあり得無い!
思い返しても意味わからんことを口にした自分が恥ずかしい!!!
それもこれも疲れているせいだ!
「とにかく、このままついてこられては困ります!」
「ひどいぞルイン!」
失態を払拭しようと声を張り上げれば、ヴェヒターがきゃんきゃん咆えてくる。
ひどくない。
冷静に考えれば当然。
イルメルダのように姿が見えにくいわけでもなく、デカくて怖くて一目見たら喰われる!?という恐怖を与えかねない魔蜂だ。
正直、町をうろついてはいけないタイプ。
一言でいうと、見た目で討伐対象にされる系。
助けてもらっておいてなんだが仕方がない。
命の恩人(蜂)への礼儀と保身。
どちらを選ぶのかと問われれば、わたしは迷わず保身を選ぶ。
せめて、人前に姿を現わさないとか約束してもらわないと……。
「むむ?……ふむ、そうか…」
何やらツォークと話をしたヴェヒターがゴロンと身体の向きを変えた。
うまく羽ばたけないからと転がることを選ぶあたり、確実に蜂の括りから逸脱しかけていることを指摘するべきなのか………。
「ツォークは残してきた奴らが気になるから一旦戻ると申しておる」
「あ、そうなんですか」
なんか気をつかわせた感がビシビシするが、気にしない。
細かいことを気にしていたら、とっくに寝込んでいるからね!
「まったく、顔に似合わず気配り上手だのぅ。それだから気苦労が絶えぬのだぞ?」
たぶんその気苦労に貢献しているだろう奴の言って良いことじゃない。
「家までは護衛を務めてくれるそうだぞ!」
「…何その紳士的な行動……」
怖い顔しているのに神妙な感じで控えているのがまた……。
くぅっ…、なけなしの良心が痛む気がしないでもないっ…!
思わずふらついたが、なんとか踏みとどまった。
さて、このまま山道を下りて村に戻るのは悪手である。
仲間がいるかもしれないし、ネイダルたちがいない時点で質問責めに合う。
「ギルドと通じているようなこと言ってましたよね……」
ギルドが信用できないとなると、どこに駆けこめば良いのだろう。
ライヒェンにも一応兵士の詰め所はあるのだが、小さい上に常駐してないのだ。
うーんと悩んでいると、頭の上からヴェヒターが話しかけてきた。
「ティオーヌとかいう者は問題ないぞ」
「え?」
「我、網の中で聞き耳を立てておったのだ!」
ヴェヒターによると、男たちはギルドの女を排除して彼らの配下を副ギルド長にしようと愉しげに会話していたそうだ。
なるほど、ならばティオーヌに助けを求めても大丈夫か。
ティオーヌと敵対しないで済むと知れて、ちょっとだけ安心した。やっぱりなんだかんだと世話になっているしね。
「思いがけず良い情報をありがとうございます!」
「どうだ!我は役に立つであろう!」
ちなみに、何故わたしの頭にヴェヒターが乗っているのかと言うと、やはりというか革袋に入れなかったためである。またもやズーンと落ち込みそうだったので、掬い取って頭に乗せた。
少し重たいが仕方がない。肩に乗っかられるよりマシである。肩こり必須。
それにしても、ぶよんとした感触が……ちょっと新感覚?
「それじゃあ村を迂回してギルドに向かいましょうか……」
「よし、我に良い案があるぞ!!」
「そうなんですか?じゃあそれで…」
どうなるかわからない不安から一転救出され、ヴェヒターの姿に笑ったりと感情の浮き沈みに翻弄されたわたし。深く考えずにヴェヒターの提案に頷いた。
「準備は良いかの?本当は我が先導したいところであるが、今飛べぬからなぁ……。決して、決して落とすでないぞ?……む?其の方らが力持ちなのは知っておるがのぅ、念には念をと申すであろう」
不安を呼び起こす会話に我に返った。
同時に、己の置かれた状況を一気に理解する。
「…やっぱりやめます」
「何を申す。大丈夫だ、我らに任せればすぐだぞ?」
「いや、でもさぁ!どう考えても無理でしょ!二匹だよ!?前はもっといっぱいだったじゃん!それでも怖かったじゃん!」
「羽虫共と比べるでない。名持ちで職持ちで上級であるぞ?一匹でも十分すぎるのをルインが怖がるから二匹でどうだ!」
「八百屋の口上かよ!!!いやだぁー!ちょっとした気の迷いだったんだぁー!やっぱやめるぅー!!!」
騒いだところで、魔蜂が止まるわけもなく。
ふわっとした浮遊感の後にくる――――――急上昇。
シュタネイルの空に絶叫が響いた。
「もう絶対に、絶・対・に!飛んで帰ろうなんて案に同意しない……!!」
「余裕で寝ていたではないか」
「あれは気絶というんじゃないんですかねぇ!?」
「聞いたことはあるぞ!見たのは初めてだ!」
「………そうですかぁ……」
とてつもなく不毛なやりとりに頭が痛む。
どうにか無事に山を下りたことが奇跡だ。素晴らしい幸運だ。
本音では、すぐさま家に帰って寝たいけれど、洞窟の男たちについてギルドに話をしに行かなきゃ……。
「ツォーク、オストよ、一旦帰るのであったな」
ぼんやりする意識のままヴェヒターの声を聞く。
そういえば、そういうことになっていたんだった。
世話になったのだから礼を言うべきだろう。
――――ぶぉんっ
「え」
キョロキョロと周囲を見回しても二匹はいない。
音だけを残して去って行ってしまった……ようだ。
「あれ?お礼もまだ言ってないんだけど……」
「案ずるな。また来る」
「いや、別に再会を待ち望んでいるわけじゃ……って、そうじゃなくて」
そのとき、向こうから歩いてくる集団に気が付いた。冒険者たちの先頭にいるのは――――ロイド?
「ルインさん!?」
「ティオーヌさん?」
ロイドの後ろからティオーヌが駆けよってくる。
「どうしてここに……!あなたが捕まっていると聞いて……」
ああ、そうか。
目を見開くロイドの姿に、助けを呼びに行ってくれたのだと理解する。
「…洞窟にまだいると思います……」
その言葉に、ロイドが小さく頷いた。
「わかったわ。後は任せて。……あら?」
ティオーヌの手がヒヤリと頬に触れた。
「ルインさん、熱が……?」
「え?」
……あぁー…、なるほどぉ…。
どうりで、気弱発言空飛ぶ提案に頷くとか……、我ながらおかしいと思った!
指摘されると、一気に自覚してしまう。それが体調不良。
「あ、あ、ルインさん~~~~~~~!?」
わたしはその場に崩れ落ちた。