平穏を願って眠りにつく
「我、売り飛ばされたくないから大人しくしていたのだ!」
…どうりで静かだと思ったよ!
家に入った直後、偉い?偉い?と尋ねてくる魔蟲。
そもそも、こいつが着いてこなかったら余計な騒動が起きなかったという事実を理解しているのだろうか。……いないんだろうね。うん。
魔蟲が従順にわたしに付き従う様子を見たティオーヌたちが、一応わたしの言い分に納得してくれたから良かったものの、一歩間違えればとんでもない目に合うところだったのに。
日が暮れかける道をとぼとぼ歩いていくわたしの姿は、きっととても打ちひしがれていたように見えただろう。
疲れた。
でも、できれば明日は薬草を探しに行きたい。
ギルドに納める薬をつくる材料がないのだ。店で買う金が無いのだから採取するしかない。
「せめて、薬草畑でもあればよかったんだけど……」
昼間見た荒れ果てた畑に何かを植えるのはまだまだ先になりそうなのは確実だ。種すら持ってない。
今日の夕食はカチカチすぎる干し肉。作り方を間違えたから売れないと嘆く行商人から底値で買ったそれを、沸かしたお湯でふやかせてから食べた後、明日の為にわたしは身支度を始める。
散策先は、家のすぐ裏手にある森だ。
ティオーヌによれば、この森は小さな子供でも危険がない程度の動物しか出ないらしい。それでも、少しくらいは何かあるだろう。
大きな背負い袋から中身を取り出し、代わりに散策に必要な物を入れていく。
ロープと携帯食、薬草を見つけた場合の袋、念のために魔生物が嫌う香と動物が嫌う香も用意する。ナイフは腰帯にさして行けば良いだろう。あとは何を持って行こうかとキョロキョロしていると、魔蟲が不思議そうに近寄ってきた。
「何をしている?」
「明日、森に行くんです」
「森?」
「薬草が欲しいので……。あと、食べられそうな物があれば言うこと無いですね」
「森か!」とそわそわし始めた魔蟲に目を細める。
今日一日で、わたしは魔蟲への接し方を変更せざるを得ないと認識した。なので、にっこり笑ってハッキリ告げる。
「ついてこないでくださいね?」
「なんとっ!?」
今日の面倒事をもう忘れたのか。それとも面倒事だと認識していないのか。
目の前の魔蟲に悪びれたところはまったくなく、意味が分からないとばかりに、こてりと頭を傾げている。
森の中に魔蟲がいても、まぁ、不自然ではないだろう。しかし、軽い散策のつもりで森に入った人間が、そこで魔蟲に遭遇したらどうするか? 絶対に騒ぎになる。そしてその場合間違いなくわたしが駆けずり回り、説明し、納得させるまでの手順を踏むことになるのだ。
絶対にヤダ。
必要以上に関わりにならなければよいという考えは改めた。
そもそも、最初に思ったじゃないか。蟲に空気が読めるわけがないと。その時点で気づくべきだったのだ。
遠回しに言っても通じない――――――そういう相手には、ハッキリキッパリわかりやすく毅然とした態度でお断りを入れるのだ。
何やら訴えてくる魔蟲を放って屋根裏部屋へ上る。
昼間、ベッドのシーツを交換しておいて本当によかった。
寝る支度を整えると、さっさと就寝。
自称眠らない城壁に、就寝の挨拶を告げて目を閉じた。
……明日はまともな一日でありますように。