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洞窟 5

 真っ暗な中、少しずつ動けばやがて冷たい壁に行き当たった。

 ホッと安堵の息を吐く。

 途中、ぎゅむッと何か柔らかいものを踏んだ気がしないでもないが確かめようもないし、そのつもりもない。

 


「………ヴェヒター……?」


 呼びかけると、ややしてから「……何ぞ?」と返ってきた。

 いつもだったら煩わしい位に騒いで寄ってくるのにどうしたんだと思いながらも、わたしは薄っすら明るい方向に顔を向ける。


「早く逃げましょう」


 提案に、しかし返ってきたのは否定だった。


「…ルインよ、我は行けぬ」

「は?」

「門が開いたのは僥倖であった……ツォークらがおればルインの身は安全であろう。帰るが良い…」

「ツォークって誰。ていうか何言ってんの?」

「……っ……、我は…………ともに、行けぬ……」


 

 絶望感漂う声音だった。


 その声に、ようやくただの冗談ではなさそうだと気付く。

 


「……どこか怪我でもしましたか?」


 正確には頭を打ったのかと疑ったのだが、それも違うらしい。


「うぅ…、我は、我は…、大量の魔素をこの身に取り込み……、醜き姿に……」


 暗闇の中、ヴェヒターの声が聞こえてくる。 

 震えるその声が、「このような姿、ルインに見せられぬ」と嘆く。

 

「変わり果てたこの姿を見られるくらいならば、我は孤独の闇に身を潜める方を選ぶ……。ああ、それこそが我が献身…!ルインよ、どうか我を思い出すときは愛らしい我が尻を思い出し愛でてくれ……!」



 ……なんかひとりで盛り上がっているところ悪いが、そういうわけにもいかない。

 ヴェヒターだけ置いてけぼりとか、家の蜂たちになんと言い訳をすれば良いのだ。

 あと、尻から蜂を思い出すとか、とんだ変人だと思われるから止めれ。



「一緒に帰らないんですか?」

 

「ルイン………我は、もう飛べぬのだ………」



 ……飛べない?羽が無くなったということか?

 


「飛べないって言っても、割といつも革袋の中に入っていますよね?」

「…む?」 

「大体のお仕事は通訳ですし、見た目がどう変わっても中身が残念なことに変わりありませんよ?」

「……むむっ!?」


 ヴェヒターが闇の中こちらににじりよったような気配がした。


「ひ、ひどいぞルイン!そこはアレだ!傷心の我に向かって『大丈夫ですよ、どんな姿でもヴェヒターはヴェヒターです』とかいうところであろう!!」

「え?……ほぼ同じようなこと言いましたよね?


 たぶん。


「………。……否!我今一言一句思い返してみたが全然そんな調子ではなかったぞ!?」


 そうだったかな?

 わたしは首を傾げる。

 でも、まぁ、大した違いはない。


「割と元気じゃないですか」

「傷口に塩を塗り込むかのような所業ぞ!?」

「とりあえず問題は解決ですよね。とっととここから逃げましょう」


 「何も解決しとらん!」と叫ばれたが、飛べなくても見目がどうなっても問題ないと言っているのに、いったい他に何が問題なのだ。



 それほどまで気にするとは、よほどひどいのか。

 あの魔素の奔流に沈められ、さらにヴェヒターはそれをその身に取り込んだという。肉体にどんな変化があっても不思議ではない。

 巨躯になったり…まさかと思うが一見して別種になってたりして?

 


「とりあえず姿を見せてください」

「………」


 いずれにせよ、このままでは埒が明かない。

 わたしの提案に、闇の向こうが黙り込む。


「あのですねぇ、意思疎通ができているんならこれまでと何も変わらないじゃないですか」


 元々、意思疎通が可能だったからこそ成立している関係だ。

 今更、多少見目がどう変わろうが所詮魔蟲。

 なにより、実際に目にしたわたしがそう断じるならばともかく、勝手に決められるのは納得いかん。

  

  

「………ルインがそう申すのであれば……」


 


 諦めたようにヴェヒターは呟き、「ツォーク、火を灯せ」と命じた。

 ブーンという羽音の後、先ほど消えた明りの一つにボッと火が点いた。どうやったのか疑問ではあるが、一つだけとはいえ、暗闇に突然灯った明りに目を細める。

 

 けれどやがて眼が慣れてきた。



「っ……!」



 目を見開き、口を手で覆う。

 


 薄闇にぼんやりと浮かび上がったその姿。



 あどけなさのあった黒い目は吊り上がり、尖った大きな顎から覗く牙がガチガチと音を立てる。


 丸みを帯びていた身体は全体的に鋭さが増し、以前より二回りほども大きく羽も大きい。


 空気に揺らぐ僅かな火を頼りにしたためなのか、身体の黄色も煤けて見える。


 ぷりっとしていた尻も細長くなっていて、脚の先は太く鋭い鈎爪のよう。


 誰でも一目見たら危険と判断して逃げ出したくなるだろう、そんな姿。




「………」


  

 尻に絶対的な自信を持っていたヴェヒターには、さぞかし辛い現実だろう。


 さすがのわたしも同情心が沸いた。




 ……うぅーむ。

 十中八九落ち込んでいるだろう相手に、なんと声をかけるべきなのか。しかも相手は魔蟲。なかなか難易度が高い。

 


「えーと……随分大きくなって……もう革袋には入れませんね?」 



 ちょっとした軽口のつもりで言葉にしてから気づく。

 …あれ?羽あったぞ?

 



「………うわああああああああああん!!!!」


 


 ん?


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