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洞窟 4

 なんか雰囲気的に死んでそうだと勝手に思ってたら、ヴェヒター生存説が急浮上。


 これからとどめを刺す準備をしているならば、今は生きているってことだ。




 しかし状況は変わらない。いや、むしろこれから悪化する?

 魔素の泉から吐き出された瞬間、水に沈められて殺されるのは最早決定事項。

 あのカレラスとかいう男の性格の悪さからみて、次は水責めに合うヴェヒターを見せつけられるに決まっている。

 か弱い精神構造の乙女を執拗に痛めつける所業を喜々として行うとか、個人的には絶対にお近づきになりたくない人種である。


 

「ほほっ…、素晴らしい。魔素が凝縮されておる」


 泉の中のヴェヒターの状態がわかるのか、老人はギラギラ目を輝かせて食い入るように泉を見つめている。

 その場にいる全員が泉に注目しているその中で、わたしは眉間に皺を寄せた。







 こんなとき、誰かが助けてくれるなんて都合の良いことが起きたりしないもの。

 自分(わたし)を助けられるのは自分(わたし)だけ。


 一番安全なのはヴェヒターを見殺しにすることだ。

 大人しく水責めショーを見て、青褪めて震えでもしていれば満足するだろうし、そのうちに逃げ出す機会を窺えば良い。


 


  


 ―――――だが、わたしの中に迷う気持ちが、ある。



 それは何故か。



 ヴェヒターが生きているからである。




 



 ……くっそぉ!!


 どうせ殺るなら、わたしがどうしようか迷う暇も何も無いくらいにサクッと確実に殺れば良いものを、なんだって二段階!? 

 どうして、こんな状況下で選択肢とか今後を考える余裕を与えてくるわけ!?


 

 もうどうしようもなく絶命してますよ!っていう状況だったら迷うこともなかったはずなのに!!


 そうしたら、イルメルダたちに遭遇しても、「他にどうしようもなかったんです」って言えるよ!一緒に惜しい蜂を亡くしましたねって悲しんでそんでもって慰めてもらうよ!!



 ……だけどね?

 そこに実は何もしないで見殺しにしましたって経緯が挟まるとね? 



 ――――あのつぶらな瞳をまっすぐ見返せる自信がない。


 それにほら、わたしだけ後でどうにか助かったとしても、キエラの家から賠償請求されても困るし。


 寝覚めとか悪くなりそう。ほらわたし繊細だし。



 だからあれだ、後々わたし自身に有害だと判断するからであって、決して積極的にヴェヒターを助けたいとかそういうことではなくて、そうした色々な理由があるから仕方ないのだ。

 

 

 僅かに震える冷たい指先で腰帯から袋を抜き出す。



 うぅ……。

 こんな狭いところで使うなんて想定外なんだけど……。

 でも今ならみんな泉に集中しているから、ぶちまけて速攻で外を目指せばなんとか……。

 泉から魔素が湧き出ているから、中にいるヴェヒターにはたぶん届かないと信じたい。


 ある種の覚悟を決めていたその時、俄かに老人が騒ぎ出した。


 

「何故じゃ!?魔素が…泉が小さく……!?」

「何?どういうことだ。説明しろ、ビジュール!」


 

 叱責されていることなど気にならないほど、限界まで目を見開く老人。その言葉の通り、苦しいほど大気を揺り動かしていた魔素が薄くなっている。


 薄くなるというより………魔素の泉に収束されている?







 そのとき、ビュッと何かが横切った。



 ボッと音を立てて洞窟を照らしていた火が一つ消える。




「何!?」


 男たちが慌てて周囲を見回しながら、カレラスの周りを固める。その間にも次々と火が消えていき、やがてすべての灯りが消えた。

 通って来た細道からは、先ほどの拓けた場所の灯りがかろうじて届いてはいるが、その頼りない明りだけでは人の顔も判別できない。


「なにをしている!火を点けよ!」

「はっ…、はい!」

「ぐぁっ!?」


 風圧とともにブゥオン!と空気を切り裂くような音がした。

 剣を合わせたかのような物騒な金属音、うめき声とドサリと重い物が倒れるような音がする。掴まれたままの腕からネイダルの震えが伝わってきた。


 

 混乱し殺伐とした空気の中、哄笑が響き渡った。



「っ…!誰だ!!」



 誰何したカレラスは、声のする位置から察するに入口方向に移動しているようだ。




()そ、と?」



 くくく……ふふふ……。



 闇の中、低く嗤いを含むそれはどこか不気味に洞窟に響いた。


 その間も、ぶぅおぉぉぉぉおん、ぶぅぅぅぅぅぅん……と絶え間なくあちこちから轟く音。


 正体を知らなければわたしもきっと不気味に思っただろう。


「ふざけたことを申す……我を知らぬとどの口が宣うか。―――――我は世界の果てを知る者。世界の果てを越えし者。幾千の同胞を率い、幾万の敵を屠る者――――――」


 


 シュッ!

 

「我こそは!」


 シュパッ!


「誇り高き孤高の守護者!」


 ビシッ!


「ヴェヒター!!」




 ……見えないが、賭けても良い。

 あの蜂は今、一言ずつに数種類の決めポーズをとっている。








 

 若干の間の後、カレラスの叫びが洞窟内に虚しく木霊した。



「……なんだと!?まさか『ヴェヒター』とは蜂ではなく仲間の名か、暗号か、それとも合図だったのか!?」




 物凄く嫌な奴だが、この状況で常識の範囲から抜け出さない程度の思考回路だということだな、と頭のどこか冷静な部分が判定を下した。



「くくく……、ようも我を閉じ込めた上に辱めてくれたな……」


 網に囚われたことが恥ずかしかったんだな。


「なんのことだ!!」

 

 カレラスの声に焦りが滲む。必死に己の所業を洗って相手を特定しようとしているのかもしれない。

 性格悪いから色んな方面で恨まれていそうだもんな。


「しらばっくれるとは良い度胸だ……!」


 たぶん本気で思い至らないだけだと思うが、それを察する(ヴェヒター)ではない。



「我を辱めたこと……決して許さぬ……!後悔するが良い!!!!!」


 ヴェヒターの笑い声と羽音が轟く中、再びあちこちで倒れる音がした。


 


 闇の中、やがて何も聞こえなくなった。



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