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ダルト村 2

 翌日はすっきり晴れていた。

 まぁ、晴れていても陽の差さない鬱蒼とした緑の中を歩く羽目になるのであまり関係ないんだけれど。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 今日はたくさん歩きますからね、と笑うネイダルは、動きやすそうな服装の上に皮の胸当てや脛当てをし、弓を背負っていた。


「ネイダルさんが行くんですか?」

「他の者は狩りをしてこなければならないんですよ。大丈夫。これでも若い頃は村一番の狩り名人と呼ばれたものです」


 その真偽はともかく、二人で行って魔獣と遭遇したらどうするんだ。


 不安そうな目を向ければ、「前に魔獣が発見されたときに周辺は捜索してありますよ」と教えてくれた。


「それに万が一、魔獣に遭遇したら私が引き付ける間に逃げてください」


 キリっと告げられた。


 言質はとった。

 心置きなく逃げます。

 




 会話していると、ネイダルのすぐ傍に子どもたちが集まってきた。

 その眼が革袋に入ったヴェヒターに向けられる。

 逃げられる一定の距離を保ってはいるが、農村地の子どもに比べると恐怖心よりは好奇心の方が勝っているようだ。


「魔蟲が珍しいんですよ。昨日も思いましたが、本当に大人しいですねぇ……。魔蟲は警戒心が強く、小さいし素早いからすぐに逃げます。傷つけてしまうと仲間が寄ってきて集中攻撃されますから、見かけたらまず逃げろと教えているんです。…それにしても、本当にいったいどこで手に入れて……?どうやって手懐けたんですか?」

「まぁ、ほほほ……」


 手懐けたとか実に心外。












 前にヴェヒターに案内されたのと同じ道を辿っていけば、穏やかだったネイダルの表情が徐々に渋いものに変わっていった。



 最早道ではない鬱蒼とした山の中を、ネイダルが切り拓く。

 途中まではわたしが先を歩いていたのだが、行く手を遮る草に悪戦苦闘しているのを見かねた長が枝葉を分け入る役目を買って出てくれたのだ。

 後ろから方向を指示するだけなのって、すっごい楽。


 途中、いったい何故こんなところを歩こうと思ったんだ、と尋ね呆れ混じりに尋ねられた。

 つい、ふざけて「魔蟲の導きです」と答えたら、その後しばらく草を掻き分ける音とそれぞれの歩く音しかしなくなった。


 ちょっと魔が差しただけなのに……。








 やがて、空が見えるあの一角に辿り着く。

 道を切り開いていたネイダルは汗だくで、元々薄い髪が引っ付いて、頭の肌色率が増えている気がしたが、そこは気遣いのできる乙女として指摘しないでおいた。

 ちょっとばかし申し訳ない気持ちになったが、目の前で揺れる高級薬草を前にしては些末事。



 …まるでわたしに摘み取られるのを待っていたかのよう…!

 一緒にお家に帰ろうね。そしてうちの畑ですくすく育ってちょうだい。



 思わず足が出かけたところで、「ここで魔獣を発見したんですか?」というネイダルの声で我に返る。


 ……いけない、つい…。

 己の欲求に素直になってしまった。ここへは依頼で来たことを忘れてはならない。

 

 革袋を紐解くと、ヴェヒターが這い出て飛び立った。


「あの、もう少し奥です」


 ネイダルにそう告げ、ヴェヒターのお尻を見失わないように追っていくと、前回行かなかった奥へと進むことになった。

 最初に来たときにわたしが滑り落ちたように、この一角は辿って来た山道よりも低い場所にある。ヴェヒターはその斜面の近くに転がる石の上に止まっていた。


「……ここ…?」


 小さく呟きながらヴェヒターに近づいて気が付いた。

 斜面の下の方に暗い穴が見える。

 わたしが前に薬草を採取していた場所からは草や周囲の石に阻まれて見えない場所だが、横に広がった入口は這えばあの熊の魔獣くらいは出入りできそう。


 ここはあの熊魔獣の巣穴だったのか?

 こんな近くに棲み処が……。

 やっぱり採取には危険が付きもの。イルメルダに感謝しなきゃ。あの時は死ぬほど驚いたけどね!!




 近づくと、穴の中から魔素が流れているのがわかった。

 なるほど、そういえばイルメルダも魔素に引かれて熊と遭遇したと言っていた。ヴェヒターはこれを頼りに飛んだのか。


 やり遂げた感満載のヴェヒターがちょっとウザい気がしなくもないが、ともかくこれで依頼達成だと言える。


 ヴェヒターお手柄!



 すぐ傍で、ネイダルが手巾で汗を拭きつつ穴を覗き込んでいた。


「……やはり見つけてしまっていたんですね……」


 え?と思ったその瞬間、バサッと音を立ててヴェヒターの上に網がかけられ、背後から伸びて来た手にガシリと腕を掴まれた。



「…あの、ネイダルさん……?」


 戸惑いがちに声を揺らせば、ネイダルは心底困ったように顔を歪めた。


「本当に、どうしてこんなところまで来てしまったんでしょうねぇ……」


 来る途中、何度か尋ねられたこと。

 口調もセリフも大して変わらないのに、まったく別の意味を滲ませていた。

 



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