お外は人の目があるのにね
「―――ああ、ギルドから帰って来たのかな?」
アインズが促す方向に視線を向ける。店の外をのそのそ歩く人間が視界に入った。
「……なんですか、あれ……」
その人物は、上から下まで真っ黒なローブで覆われていた。
こちらから見て、ちょうど彼(?)が横向きなので猶更際立った。ニュッと突き出すのは細長い鳥の嘴を模したのか。本来の眼が覗く部分は歪んだ楕円がぽっかり空いているように見える。その仮面をつけているからこそ、遠目にはローブで覆われた身体全体が羽のように錯覚させる。
それはまるで、死を運ぶ不気味な怪鳥。
かろうじてローブの裾から見える指や靴から人間だろうとはわかる。わかるが、わかるからこそ余計に不気味。
彼が歩くたびに周囲を歩く人間が避けているのがわかる。それもそうだろう。一般の人は見慣れない姿だ。
「…あれって、調合服ですよね?」
「そうだな。儂も見間違いかと思ったが間違いない」
アインズの声には苦いものが含まれていた。それも同意できる。
わたしにとって、その姿は割と馴染み深いものだ。だが、それでも許されるならば、声を大にして周囲に言いたい。
普通の薬師は、お外で調合服を纏いませんから、と――――――。
しかし、あの場まで行って声に出せば衆目を集めること間違いなし。それ即ち、「あら、あの変なのと知り合いなの?」と思われる危険性と、妙な格好をしている本人に気づかれ、わたしの存在を認識される可能性を意味している。
「手に取って確認できなかったが、確実に火蜥蜴ランク以上だろう。縫製もかなり美しかった……金持ちの道楽かもしれんがね」
「薬師ではない可能性の方が高いですね」
調合服は調合室を汚さないためのものであって、それで外出するとか論外。調合服を普段着扱いとかどこの金持ちだ。いくら金持ちでも変人に変わりないけどな。道楽に使えるほど余っているならこちらに流してほしいほど。
あの鳥の嘴のような奇抜な仮面も、道楽だと思えば納得できなくもない。
調合服を扱ったことのある人間でなければ、あれが薬師が扱うものだとわかるまい。そしてまっとうな薬師ならば、薬師かもしれないなどと口が裂けても言いたくない。同類と思われるのはまさに業腹。
そういうわけで、金持ちの道楽説を強く推す。
「領都の道楽息子の遊びかねぇ……。なんにしろ、面倒を起こさなければいいがね」
同感である。
アインズの店の扉の前で、のそのそ遠ざかる黒い背を見送る。
ヤツが通った後は人っ子一人通らない…という風情だ。ただでさえ活気がイマイチな市場が更に閑散としていた。
「ギルドに行ってきたのかな…」
彼が歩いてきた方向にはギルドがある。アインズの話からもギルドに行ってきたとみなしてよいだろう。
「気になるのか?」
気になるのか、だと?愚問だぞ、ヴェヒター!
ただの道楽とか、周りを驚かしたいだけっていうならば良い。その程度ならばわたしが気にする道理はまったくない。わたしに関係の無いところで誰が何をしていようが全然気にならない。見かけたらバカやってんなぁうぷぷーって心の中で嗤ってやり過ごすだろう。
だけど、もしもわたしと同じような理由で王都から流れてきた薬師だったら………それを意味するところは唯一つ。
商売敵出現の危機!
「珍妙なあの格好も、実は名が知れた薬師だけど、こんな落ち目領地まで流れて来たから人目を気にして知り合いに悟られないようにとか考えて迷走した結果なのかも……!」
「なるほど…!ルインが言うととても説得力があるな!」
ヴェヒターがビシッとギルドの方向へ前脚を向けた。
「よしルイン、急ぎギルドへ向かうのだ!情報は生物!情報を制するものが戦いを制す!どの世界でも共通ぞ!」
「……えぇ……」
……わたしが言うと説得力があるってどういうことだ?
釈然としないものを抱えながら、わたしはギルドに向かって歩き出した。